結ぶと解く   作:ながずぼん

150 / 254
第149話 農園と善人

 ダニー・トレホみたいな農場主に頭を下げられた。彼はなぜおれに通じると思ったのか知らないが、スペイン語でおれに語りかけ「アドラさんを守ってくれ」と言った。

 

『セニョール、おれの腕力は見ての通りだけど、なにかの役には立つよ。必ず』

 

 農場主は「はぅ!」という顔で驚いている。そう「はぅ!」という顔で。

 

 きっと言葉は伝わらなくても想いがどうにか届いて欲しいと思っていたのだろう。

 アドラさんが苦笑いしながら『ベンジャミン、彼はスペイン語が使えるんですよ』と農場主に教えている。さらに『人の理解を超えた力も備えています。私なんかよりずっと強いんです』と嘘を教えている。あんたのフィジカルとんでもねえから。

 

 農場主は改めておれの顔を覗き込み『そんなふうには見えないが、君が言うのだから間違いないのだろう』と言ってしげしげとおれを観察している。

 興が乗って来たので『水を一杯もらえますか?』とお願いしてコップに水を汲んできて貰った。そして水の入ったコップを手に持ち水素の共有結合を解いた。コップの中の水は泡を立てて気体へと分離しあっという間に消えた、そしておれは農場主ににっこりと微笑みながら言った。「てじなーにゃ!」と。

 

 農場主は「はぅ!」という顔で驚いている。そう「はぅ!」という顔で。

 

『き、き、君は一体… それはマジックなのか?それとも超能力なのか?』

 

『科学ですよ。使える人はあまりいないみたいです。役に立ちそうでしょ?』

 

『科学… 科学なのか… 儂は学校に通っていないからわからないが、すごいもんだな科学というのは…』

 

『ベンジャミン、あれができるのは世界で唯一人、彼だけよ。そして彼はこの地球の人間ではないの。だから狙われているの』

 

 農場主は「なぬぅ!」という顔で驚いている。そう「なぬぅ!」という顔で。

 

『ああ、ああ、これは夢なのかもしれない…アドラがここに来るわけがない…』

 

 ちょっと驚かせすぎて申し訳なくなってきた。この人は真面目一筋に畑を耕してきたのだろう。顔に深く刻まれた皺も赤黒く焼けた肌も、それだけ野良仕事に精を出してきた証だ。そんな人に突然魔法を見せて異世界人ですなんてやるのは趣味が悪かった。

 

『ベンジャミンさん、突然夜中にお邪魔して驚かせてばかりでごめんなさい。ただ、あなたが彼女を心配する気持ちを少しでも解消しようとしただけなんです。おれは見ての通り貧弱な中年ですけど、おれにしかできない役割で彼女を助けます。だから彼女が良い知らせを持って戻って来ることを期待していてください』

 

 農場主は椅子から立ち上がりおれの前に来て両手でおれの手を握った。

 ものすごいごつごつとした大きな手で、この人の生き様がありありと見て取れた。

 

『儂は彼女の叔父に大きな借りがある。そして巻き込んでしまった彼女にも。儂にできることはなにもないが、ここにあるもので必要なものはなんでも持って行ってくれ。さっきのショットガンはイミテーションだから使い物にはならんが』

 

 農場主はそう言って「わははは」と泣きながら笑っていた。まじいい人。

 

 その後、好きに使ってくれと言われ風呂を借りてシャワーを浴びた。そして長男が使っていた部屋で寝るように言われ、久しぶりにでかいベッドに一人で寝る。

 

 農場主と話していたので寝たのは3時を過ぎていたと思うが9時前には起こされて朝ごはんをごちそうになった。大豆もトマトもほうれん草も全部自分の農場で採れたものらしい。チリコンカンみたいなやつがスパイスが効いていて美味しかった。

 奥さんや次男夫婦、その子供たちも一緒に食卓を囲んだのだけど、農場主以外は全員英語オンリーだったのでお喋りはアドラさんに任せておれはニコニコするだけだった。

 

 朝食をごちそうになった後はアドラさんについていって納屋から肥料の袋を2つ車に積み込んだ。その際に「倉庫で私が合図をしたらこの肥料の中身を早く動く分子と遅く動く分子に分けてください」と言われた。「それって結構重要な役目ですか?」と尋ねると「はい。2,3人それで片付けてもらいます」と真顔で言われる。責任重大じゃん…後で中身が見えるか確かめよう。

 

 再び納屋へ行きアドラさんが農場主になにか言うと彼は大量の結束バンドの束を出してきた。彼女は無造作に一掴みするとポケットにそれを押し込んで農場主に礼を言って納屋を出た。おれも続いて出ようとすると農場主に呼び止められる。

 

『儂はそういうことに疎いのだが、その、もし彼女に気があるのなら母さんに口添えしてやる。母さんはそういうのをまとめるのが得意だからな』

 

 と小声で言われた。それはいらぬお世話だけど、この人のためにアドラさんの叔父さんがキャリアを捨ててでも救おうとした気持ちがなんとなくわかる気がする。

 

『お気遣いありがとうございます。おれは元いた世界に奥さんと子供を残してきているんです。いまはそこへ戻る旅の途中なので浮気している場合じゃないんですよ』

 

『やや、そうだったのか。それは余計なお世話だったな。君とはこれきりになるかもしれないが、もしまた会えたら酒を飲もう。旅の無事を祈っているよ』

 

『あはは。おれ酒が飲めないから、おじさんのトマトジュースでお願いします』

 

 たった一晩の付き合いだったけれど泣きそうだった。この人いい人すぎる。

 農場主と握手をして別れ、アドラさんの待つ車へ乗り込む。

 家族総出で見送られ、おれたちはタラハシーへ向かった。

 

「いい人たちでしたね。会えてよかったです」

 

「ええ。彼らのことを知っていたから叔父のしたことを否定できませんでした」

 

 確かに。真面目に働いている人が悪い奴らに利用される世の中はダメだよ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。