タラハシーの倉庫は天井が高くガランとしていて一部が2階建てになっている。
出入口は正面だけで両端にシャッターが1つずつと中央にアルミのドアが一枚ある。あと、天井下に長手方向にレールが走りトップラン型の天井クレーンがある。
アドラさんは車を2階に上る鉄骨階段の近くに停めた。ちょうどドアから上り口を隠すような位置だ。車を降りてシャッターを閉め、階段を上って事務所に行く。
いつものアンプみたいな機械を操作してヨハンソンと繋ぐ。インカムを耳に突っ込むとアドラさんがヨハンソンに呼び掛ける。無駄話をしている暇がないのか英語でやり取りをしてあっという間に通話終了。おれ本当に役に立つのか...
「ヨハンソンの誘導に乗って彼らはモビールにいるそうです。こちらへ向かわせましたので、準備をしましょう。それが終わったらもう一度、彼に連絡します」
事務所から出て車の荷室から、農場から貰って来た肥料袋を下ろす。
階段の上り口に運び、それを2袋分床に撒く。そしてアドラさんは水の入ったペットボトルを3本ぐらい撒いた肥料の脇に置いた。「準備は終わり」と彼女は言った。
え?これだけ?随分と簡単な迎撃準備だった。早い分子と遅い分子を分ける操作が鍵になることを覚えていたので、それをイメージしつつトランス状態で確認してみてもよくわからなかった。これは由々しき事態だとアドラさんに告げる。
「ごめんなさい。いまのままでは分子は動きません。水をかけると動き始めるのですが、いまはまだかけられないです」
「ちょこっとだけでも練習できませんか?ぶっつけ本番で失敗したくないので」
じゃあといって彼女は肥料を空になった袋に少し戻し、ボトルを持って外に出て行く。後をついていくと倉庫の裏手に回り袋の中身を地面にあける。そしてボトルの水を少しだけかけて「これで見えるでしょうか」と確認を促した。
トランス状態になり、肥料の中身を覗いてみると早いとか遅いとかよくわからなかった。ただ、色のついた人形のようなものがウヨウヨと動いているのがみえた。
現実世界に戻り、なにか描くものを探すと植栽の枝が落ちていたのでそれを拾い、地面に「頭が赤くて胴体が黒く、胴体の脇に青いのがあって手足が白い」そう言いながら丸を繋げて描いていく。「こんなのしか見えなかったです」とアドラさんに言うと彼女は「本当に見えるのですね…」と驚いていた。
なにが見えているのが全然解ってないのだけど。「で、この人形がウヨウヨしていて早いとか遅いとかよくわかんなくて」と言うと「赤と黒だけ切り離すことはできますか?」と言われ「たぶん」と返事をして地面の肥料をもう一度覗き、黒いのが青いのに触れているところをスッと触ると赤と黒が青チームと分離した。一個だけじゃ不安なので2,3つと分離していくと鼻に刺激を感じて現実世界に戻る。
「くっせえ!!」
アドラさんを見ると手で鼻と口を覆っている。心なしか目もシパシパする。
「なんですかこれ?」鼻を押さえながら尋ねると「アンモニアです」と教えてくれた。教えてくれたがこれを倉庫でやったら自爆コースまっしぐらじゃないだろうか。
それに階段下に撒いた量を考えると、大量発生させるのにすごく時間がかかる。
もしかしてこれあれか?ヨハンソンの時みたいに連鎖反応で全部解かないとダメなんじゃないか?つってもあれどうやってやるんだろう…
練習するしかないと思い、アドラさんに鼻をつまんでもらいながらさっきの肥料を覗き込む。まだ人形はそこそこ動いている。黒は青と一緒にいてはいけないと念じながら分離させてみる。最初は連鎖しなかったが、4体目で一気に解けた。
現実世界に戻るとアドラさんが目を瞑っておれの鼻をつまんでいる。そしておれは涙がぽろぽろ零れて止まらない。不安はあるがどうにかなりそうでよかった。
ゲホゲホと咽ながら倉庫の事務所に戻り、ヨハンソンに繋ぐ。
「準備は終わったみたいですね。こちらも万事うまくいっていますよ。彼らはCIAとほぼ切り離された存在になりました。まだ気付いていないと思いますが。フフフ」
「それってどういうこと?CIAが奴らを見捨てたってこと?」
「はい。例の脳外科の医師ですが、ハナダさんの脳に強い興味というかあれはもう執着と言えますが、とにかく解明したかったようで自身の研究対象だと偽って勝手に他の科の情報にアクセスしていました。自身のIDだけなら言い逃れされてしまうのですが看護師や医療事務員のIDを使って調べ上げてたようなので、病院の監査部門に助言をしたら全てが明るみに出ました。医療プライバシーに抵触しますので懲戒免職は免れないでしょうね」
「つまり?医師がCIAを巻き込んでおれを追ってたけど、そいつが失脚したからCIA独自では追わず知らんふりをするってこと?」
「はい。おそらく自分の研究成果で国家の安全政策が変わると言ってCIAを巻き込んだのでしょう。彼は近しい人に自分の論文が世界を変えると吹聴していたようですからね。研究者としての情熱からではなく、単に名声欲でやったことなのでしょう」
あの中年太り、一番最初から怪しかったし。モンテビデオの院長先生も頭開きたがっていたけど、無理筋なのは理解していたもんな。名声欲と権力欲なんてワンセットだろうから、ゆくゆくはCIAも牛耳れるぐらいなこと考えていたのかも。
「追跡チームは本当にここに来るのか?」アドラさんか不安げに尋ねる。
「彼らはまだ医師が失脚したことを知ならいから。いまごろ追い詰めているつもりで高速道路を飛ばしているよ。自分たちが追い詰められているのも知らずにね」
「わかった」そう言ったアドラさんの目が鬼軍曹モードに変わった。
「それから、NSAに許可してもらったから外の監視カメラ使えるようになった。彼らが到着したら知らせるから外は見張らなくていいぞ」
いよいよ直接対決になる。チャンネルはそのままって感じだ。