作戦の打合せ通りに所定の位置、バンのボンネットにもたれてスナック菓子を食べている。腹が減ってはなんとかってやつだ。アドラさんはおれの左後ろ、運転席のドアの横でしゃがんでその時を待っている。彼女の隣には肥料が撒いてある。
インカムに「来たぞ」とヨハンソンの声が聞こえる。作戦開始だ。
蓋が開けられているボトルの水をアドラさんがばしゃばしゃと肥料の上に撒く。
外から車のドアがバタムッと閉められる音が連続で聞こえ、出入口であるドアがキィと小さい音を立てて開くと、病院で2人を撃った男を先頭に強面が2人倉庫に入って来る。あれ?4人組じゃなかったっけ?もう1人はどこだ?
余裕など見せてはいけないので、男を見つめながら手に持ったスナック菓子をポロリと床に落とす。そしてキョロキョロと周囲を見回して逃げ場がないフリをする。
男は余裕たっぷりに英語でなにか言っているが実際にわからないので、精一杯情けない顔を作り手を合わせて「見逃してよハゲ、お願いだよハゲ」と懇願をする。
インカムからヨハンソンのクスクス笑う声が聞こえてくるが無視する。
男は英語で質問してくる。ドライバーと聞こえたので、きっとアドラさんはどこ行ったみたいなことを訊いているのだろう。言葉がわからないフリをし続ける。
『ハハッ、かわいそうに。おまえ、あの女に見捨てられたのか。残念だったな』
男はにやけた顔でそうスペイン語で言いつつ、だんだんこっちに近づいて来る。
車の陰に隠れるようにゆっくりと後ずさりをすると、男が後ろの2人に車の後ろ側から回り込むように手で合図をする。それはアドラ鬼軍曹の予定通りの展開。
ボンネットの陰になるところまで移動すると、アドラさんが飛び出られる体制になる。
男たちは車の陰で何が起きているのかまだ知らない。一気に捕獲を始めるべく男に向かって口を開く。
『見捨てるわけがねえだろハゲ。麻薬の横流ししてたようなチンピラとは根性が違うんだよ。首から下埋めて小便かけてやるからかかってこい!このハゲ!』
男は態度が急変したおれに驚いた。その隙に車の後方に向かってダッシュする。
見よ!地獄のシャトルランの成果を!5回は無理だったけど!
入れ替わりでアドラさんが男の方に踊り出ていくのを視界の端で捉え、正面に視線を移すとカルテルの連中が車を回り込んできていた。
踵を返して反対向きに走り階段を数段上がって、男たちの方へ向き直り、手摺を掴んでゆっくり後ろ向きで階段を上り始める。
男たちを肥料の近くまで誘い込んだら、肥料の中でウヨウヨと動いている人形を赤黒チームと青白チームに解く。全員が一斉に解けるよう強くイメージすると連鎖反応が起きたように一気にバラバラになる。
前にいた男が盛大に咽ながら顔を押さえて車の方へ倒れ込む。後ろの男もそうだと良かったのだけれど致命傷には至らず、ゲホゲホ言いながらこちらに近づいて来る。
肥料の人形は全部使ってしまったので2発目のアンモニア爆弾はない。
とりあえず上に逃げるしかないので階段を上りながら対策を考える。
相手はヨレヨレなので、上からドロップキックをするか…でも避けられたりそれで片が付かなければ返り討ちに遭ってしまう。武器になるものはないし、投げるものない。
そうこうしているうちに階段を上り切ってしまった。後ろにはもう1mほどしかスペースがない。男は恨み言のようなことをぶつぶつ言いながら赤い目をして一歩一歩階段を上って来る。もうあと2,3段しかない。
やり方はわからないが、もうやるしかなかったからトランス状態になり男の足が乗っている階段の段板、ステンレスのエキスパンドメタルを解くことにした。
なにが見えているのかよくわからないが、細い筋で作られた菱形が連続したエキスパンドメタルの形と同じものが見えている。筋が交差している部分が白っぽくなっている。
たぶんここを解けば網が破れ崩壊するのだろう。交差部分を手当たり次第に触れていくと白い粒がふわっと離れ、ぷつぷつと網がちぎれていく。
どうなったか確認するために現実世界に戻って男の方を見ると、ぜんぜんまだ階段の上に立っている。やばい!やばい!まるで効果がない!
男が次の段に足を掛けようとした瞬間、2枚の段板がビキンっと音を立てて壊れた。
足場を失くした男は床に落下し、骨でも折ったのか足首を押さえて丸くなってごろごろとのたうち回っている。その上に全ての段板の壊れた破片が降り注いだ。
もうこれで追っ手は来られないだろうと心底ホッとした。
2階の踊り場からアドラさんの様子を確認すると、襲撃してきた男に次々と蹴りを入れているところだった。男も腕で防御しているが、ローキックやフェイントを入れたミドルキックをもろに食らっている。右脚を上げるようなモーションフェイントの直後に左脚のキックが男の腿の側面に思い切り入ると、男ががくんと膝を折った。
見下すアドラさんを睨みつけながら男は腕を腰の後ろに回す。
拳銃だ!あの野郎また撃つつもりか!「拳銃だ!」無意識に叫んでいた。
男は一瞬こちらに視線を向けてすぐにアドラさんを睨みつけ「死ねえー!」と言わんばかりに腰から拳銃を抜いた。やばい!!と思った次の瞬間、完璧に読んでいたアドラさんの回し蹴りが拳銃を持った男の手を薙ぎ払って拳銃を吹き飛ばし、続けざまに逆脚のトーキックが男の鳩尾にめり込んだ。
―――――
アドラさんが手際よく男3人を後ろ手に結束バンドで拘束していく様子を踊り場から眺めている。首尾よく3人を縛り上げたものの問題が2つ残っている。
一つは4人組だったはずなので、もう1人の所在がわからないこと。
もう一つは、階段を壊してしまったおれがどうやってここから降りればいいのかわからないことだ。まじで。3mぐらいあるから飛び降りたら足の骨が折れる。
「アドラさーん、これ、どうやって降りたらいいんですかー」
彼女にそう声を掛けると、心の底から呆れた顔を向けた後、天井クレーンのリモコンを操作してフックをおれの方に移動させてくれた。
手摺を跨いでフックに足を掛けながら両手でワイヤに掴まる。めっちゃ揺れて怖い。しかもワイヤーはグリスのせいでぬるぬるしているので必死でしがみつく。
なんとも情けない格好で、地上まで降ろしてもらった。