なにはともあれ車から除菌シートを取り出して油まみれの手を拭いた。
アドラさんは拘束した3人の顔写真をスマホで撮っている。撮影が終わると3人の顔を殴りつけ、元DEAの男なんかは鼻の骨が折れたように曲がってしまった。
「え?なんで殴ったんですか?」
「鼻が曲がったら顔認証で認識されないかもしれないじゃないですか」
興奮しているのかアドラさんがやべえ奴になっていた。
「それはそうと、もう1人いるはずですよね。外の車で待機中なんでしょうか」
その答えはインカムを通じてヨハンソンが教えてくれた。
「ハナダさん、よほど気に入られたんですね。頼んでいませんが協力者が現れてもう一人を確保してくれています」
「え?協力者?ヨハンソンは見えているの?」
「ええ。監視カメラで一部始終を見ていました。外に出ても大丈夫ですよ」
そう言われて、まさか農場主がモデルガンを抱えて乗り込んで来たのか?と思いつつドアを開けて外に出てみると、ローハン王が車のバンパーに腰かけて煙草を吸っていた。傍らには後ろ手に手錠を掛けられた最後の一人が転がっている。
『やあ、また会ったね。君もそちらのお嬢さんも無事でよかった』
『おじさん、助けに来てくれたんですか?』
『いやいや、僕は休暇でフロリダを訪れていたら、たまたま不法入国の男を見つけたから私人逮捕したまでだよ。君に会えたとの同じ、偶然だよ』
いくらなんでも無理だろう。とはいえこの調子なら本当のことは口が裂けても言ってくれそうにないから、そういうことにしておこう。相当無理筋だけど。
―――――
アドラさんの手配でパトカーが集まって来ている。ドラマのように黄色いテープが倉庫の入口に張られ、アドラさんとローハン王が警察の対応をしている。
そしておれはドラマのように救急車の後部ドアのところに腰かけて成り行きを見守りながらインカムでヨハンソンと話をしている。
「カルテルの連中は不法入国だって言ってたけど、襲撃の男はどんな罪状なの?建物の不法侵入?アドラさん過剰防衛になったりしない?」
「彼は懲戒免職処分を受けて服役しているので、銃を持つことが許されていません。いまの罪状はそれですが、きっと余罪がごろごろ出てくるでしょうね」
「そうなんだ。さすがに元犯罪者に銃の所持を許してあげるほど、銃社会に寛容じゃないんだなこの国は。当たり前といえば当たり前だけど」
「ところで、先ほどアズマさんと話をしたのですが、アメリカ国内から日本に帰れるよう外務省と話はついたみたいですよ。どうしますか?DCまで戻りますか?」
「え、どうなんだろう。日本に帰国できればなんでもいいけど、車の旅は飽きたかなあ。アメリカ広すぎるし。後でアドラさんと相談して決めるよ」
「そうですか。こちらに戻るようなら最高のレストランとスイートルームを用意しますよ?一生忘れられない思い出の夜を共に過ごしませんか?」
「いやいい。やっぱりメキシコから帰る。滞在するつもりはないけどメキシコ行ってみたいし。一生忘れられない苦い思い出を作るつもりはないぞ」
しばらく待たされ、ようやくアドラさんの聴取が終わりこれからどうするのか相談した。彼女はヨハンソンとしばらく話をした後で帰国の行程を教えてくれた。
いろんな都市の名前が聞こえてきたのは乗り継ぎの場所を選定してたのだろうか。
「この後、テキサス州のヒューストンまで飛んで一泊します。明日の夜までヒュースンに滞在し、メキシコのモンテレイまで飛びます。到着は深夜ですが、1時間ほどで成田への直行便が出ますのでそれに乗ってください。私がアテンドできるのは明日の夜、ヒューストンを発つところまでになります」
「え?アドラさん農場行かなくていいの?おじさんきっと心配しているよ?」
「ふふふ。ありがとうございます。ヒューストンであなたを見送ったらミッション完了なので、休暇を貰ってベンジャミンのところへ何日か滞在しようと思います」
「そっか。それはおじさん喜ぶだろうね。おじさんによろしく言っておいてください。少しは役に立ったと思うって」
そう言うとアドラさんは改まって真剣な表情になり真っすぐおれを見て言う。
「少しではないです。あなたがいなければ彼らを捕縛できませんでした。私は本当にいろんな方に助けられて生きていると実感しました。あなたと話せるようにしてくれたマムにも感謝しています。なんでも持って行けと言ってくれたベンジャミン、それからずっとサポートしてくていれたヨハンソンにも感謝を」
「アドラ…本当に感謝しているならDCから帰るように彼を説得してくれよ」
「ふふふ、私はハナダさんの意思を尊重します。それから彼にも大きな借りができてしまいました」
アドラさんの視線の先には、聴取を終えて煙草を吸っているローハン王がいた。