モンテビデオでは飽きもせずよくチビートを食べていた。アメリカではそれがブリトーに置き換わっていたっぽい。いや、バーガーもピザも一生分食ったけどな。
「きょうは迷惑をかけてごめんなさい。せっかく楽しんでいたのに」
「迷惑だなんて思ってないから気にしないで。疲れていたのに付き合わせてしまって申し訳なかった。もっと早くに気付けばよかった」
「いいえ。面倒みてくれてありがとう。でもそれだけじゃないです。昨日の作戦で2人倒したこと、ベンジャミンを信用して能力を見せたこと、殺された時間を巻き戻したこと、大使館で隣に座ってくれたこと、私を美人だと言ったこと、全部、全部、感謝しています。ありがとう」
「ちょっと、なに、おれを泣かせたいわけ?泣かないよ?泣かないから!」
視界がぼやぼやに滲んでいる。ほんとやめて欲しい。ふわっと去りたいのに。
ギリギリで涙はこぼさず堪えてブリトーを完食し、店を出た。
空港前のレンタカー屋へ行き車を返却してタクシーに乗りターミナルDに向かう。
アドラさんと一緒に国際線のチェックインカウンターに行き、パスポートを提示して手続きをしてもらったら彼女から搭乗券を渡される。
その後、アエロメヒコのカウンターに行き、成田までのeチケットを印刷してもらう。これがないと乗り換えとはいえメキシコでの一時入国が許可されないらしい。
保安検査場の前でアドラさんとの旅が終わる。さっきのメキシコ料理屋でお別れっぽいことは済ませたので、湿っぽくならないように笑顔で爽やかに立ち去りたい。
「アメリカに来てからいろんなことがあったけれど、やり残したことも後悔していることもない気持ちで帰れます。おれの付き添いがモンテビデオで出会ったあなたとヨハンソンの2人でよかったです。お世話になりました」
「やり残したことが本当にないのですか?スケベしていませんよ?ふふふ」
「それは暴走を止めるために言ったことですよ。アドラさんは女性として魅力的だとは思っているけど、そんな目で見てないですよ!」
「私、あのとき少しドキドキしました。あなたとそうなるのを望んでいる自分がいたような気がして。でもヨハンソンにその話をしたら、それはモンテビデオの失敗を取り返したいだけじゃないのかと言われて。私はそれを否定できませんでした」
えーと、なんですかこれは。またしても勝手にフラれるパターンですか。
まあ、感情の抑制が効き過ぎていた彼女なわけだし、箍が外れた結果、一時の気の迷いみたいなものがあったってことだろう。でも、それを言われるおれの自尊心…
「あはは、いまのアドラさんのハニートラップなら簡単に引っ掛かっちゃうよ」
「ふふふ。そうですね、人が人を好きになる気持ちを理解しましたから」
え?これって… あー、いやいや、ないない。それっぽく聞こえるだけ。
キョドって目玉だけきょろきょろ動かしたら、そろそろ搭乗ゲートに向かう時間であることが目に飛び込んでくる。
「じゃあ、そろそろ行きます。農場主さんやヨハンソンにもよろしく伝えてください。無事に日本に戻ったらどうにかして連絡します。お元気で」
そう言って軽めにハグした。自然に。アドラ軍曹は強めに締め付けてくる。
拘束を解かれ彼女を見ると、めちゃめちゃ乙女な顔だったのでトゥンクした。
保安検査場は財布を通過させるだけなのであっと言う間に通過。振り返って彼女に手を振って別れ、搭乗ゲートに向かう。
ゲートで搭乗券とパスポートを見せて飛行機に乗り込む。機体はダラスから乗ったやつと同じものだった。3列の窓側だったのでヒューストンの夜景が見れた。
1時間半ほどでメキシコのモンテレイ空港に到着する。時計の時刻はアメリカを飛び立ってから30分程しか経ってない。時差で一時間戻っているからか。
飛行機を降りたら入国審査へ向かうよう言われていたので案内看板に従って移動する。スペイン語が読めるようになっていて助かった。
入国審査ではパスポートを見せ、さっきアドラさんに印刷してもらった紙を見せる。『1:35発の成田行きのチケットが確定しています。空港内のみ滞在します』そう告げると、言ってよし!となった。空港から出ないからかスタンプはなし。
ここはターミナルAなのでターミナルBの国際線の出発ロビーへ移動する。
アエロメヒコのカウンターへ行き、パスポートと印刷した紙を見せると搭乗券を発行してくれた。クレジットカードの上限スレスレだったがどうにか払えてよかった。デビットカードも作っておいた方がいいかもしれないと思った。
保安検査場に向かい、また財布だけ機械に通してスムーズに通過。
乗り継ぎの時間が1時間半しかないのは、けっこう慌ただしくて搭乗ゲートに着いたときにはもうゲートが開いていた。トイレに寄っていたせいもあるかもしれない。
ゲートで搭乗券とパスポートを見せて再び飛行機へ。さすがに長距離を飛ぶだけあってでかい飛行機だ。3列x3の座席配置で、窓側の列の通路側の席だった。
乗り込んで程なく飛行機はゆるゆると滑走路を移動し始める。
エンジン音が急に大きくなりいよいよ離陸体制に入る。ゴーッという大きな音と共に飛行機は加速していき、割とすぐに地上から浮いた感覚が胃に伝わる。
いまは深夜だけれどきょうも眠くない。機内はさっそくお休みモードになっているけれど無理に寝なくてもいいかと思っている。映画も音楽もいらない。
アメリカで出会った人たちや起きたこと、それを思い出していれば映画何本分の時間になるだろう。日本に着くまでにこの瞬間にまで辿り着けないかもしれない。
サヨさん、あなたのおかげでおれは日本に帰れそうだよ。ありがとう。
第八章【逃亡編】了