結ぶと解く   作:ながずぼん

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第157話 留意と肯定

 クスメギが辞職の相談をしたということはアヤママといい感じになれたんだろうなと想像できた。しかしそれで外事室自体が回らなくなるのはいいことじゃない。

 正式に拠点を移してのダブルワークなら全員納得じゃないのかな。

 

「嘱託職員みたいな立場はどうなんですか?臨時というか非常勤というか」

 

「はい。私としても落としどころはそこかなと考えています」

 

 ハナザワさんも同じ考えのようだった。後は本人の意思次第だ。

 

「自分で地元に派遣させておいてアレですが、帰ったら室長の思いを伝えておきますよ。いい形で決着がつくように説得してみます」

 

「ありがとうございます。身内の恥を晒すようですが、なかなか優秀な人材は確保できないのです。彼女と繋がったことで体制を見直し内閣直轄の芽もある中でクスメギ君を失うのはダメージが大きすぎるのです。どうかよろしくお願いします」

 

 ハナザワさんは深々と頭を下げた。読みも鋭いし何かあればすぐ対応してくれるし、仕事はできるもんな。アヤママは嫌がらないだろうから説得は難しくないはず。

 

 一息ついて珈琲を飲み干したら、()()()が待っているという部屋へ。

 エレベーターを降りて奥のデスクに座っているコンシェルジュみたいな人にハナザワさんが声を掛けると、セキュリティのための自動ドアを開けてくれる。

 ウルグアイから帰国したときに泊ったフロアとはVIP感がぜんぜん違う。

 ハナザワさんがドアをノックし「お連れしました」と声を掛けると「はーい」と中から久しぶりの声が聞こえてきた。

 

 カチャリとドアが開き、アサガオさんが嬉しそうに出迎えてくれた。

 あれ?若返ってないか?そう思っていると手を引かれ部屋の中へ招かれる。

 ハナザワさんは「それでは私はこれで」と言って去ってしまった。

 

「私もタダヒトさんも帰って来るって信じていたけど、よく無事で戻って…」

 

 存在を確かめるように両手を頬に当てられている。まるで戦争に行った息子が生きて帰って来たのを出迎える母親だ。アサガオさん珍しく涙ぐんでいるし。

 そんなことよりやっぱり若返っている方が気になる。また結晶化したのか?

 

「あの、アサガオさん、不老が復活しちゃったんですか?」

 

「ああこれ?アメリカから帰ってきたら肌荒れしちゃってね。いままでそんなことなかったからびっくりしちゃった。それで始めたのよ、アンチエイジングってやつ。世の女性は大変だったんだって初めて知ったわよ」

 

 彼女はそう言って頬をぷにぷに突きながらケラケラと笑った。

 

「努力のたまものだったんですか。それならよかったです。がんばってくださいね」

 

「タダヒトさんも付き合ってもらっているの。どう?彼、若くなった?」

 

 そう言われアズマ教授の方を見ると、確かに肌がつやつやしている気がする。

 

「私は遠慮したんですが、どうしても一緒にやるって言うものですから。ははは」

 

 二人の様子を見てなんだか嬉しかった。たった数日前までピリピリした空気の中に身を置いていたけれど、一方ではこんなに穏やかな世界があることが嬉しかった。

 どちら側に身を置くのか自分では選べないことが多いけれども、こっち側があるというだけで安心する。自然と笑みがこぼれてくる。

 

「さあさあ、なにがあったのか全部聞かせてちょうだい。全部よ全部。隠し事はなしだからね」

 

 手を引かれて応接スペースのようなところへ連れて行かれ、革張りのでかい椅子に座らされる。教授とアサガオさんは二人掛けのソファに深く腰掛けて、まるで映画の上映でも始まるような面持ちでこちらを見ている。

 夜中に林の道を走り続けていた時間がほとんどだから、ハードル高いなあと思いつつ、ウチヤマ先生の家を出発したところから順に話していった。

 

 ―――――

 

 一切口を挟まず長い話をずっと二人は聞いてくれた。順番が逆になったりして遡って話をしているときもただ聞いてくれた。たまに相槌を入れたり、アンモニア爆弾のあたりでは驚嘆の声を出したりしていたが、とにかく最後の最後、この部屋に辿り着くまでの一部始終を、ただただ黙って二人は聞いていた。

 

 人が話をただ黙って聞いてくれることが、こんなに嬉しいものなのかと思った。

 それはおれに対する二人の『全肯定』の姿勢だった。それはつまり『愛情』だ。

 おれはこの二人から愛れているのだと、そのとき初めて知った。

 まるで両親に愛されているような感覚だった。

 だから話終えたら滲んだ世界に映る二人を見ながら「ただいま」と言っていた。

 アサガオさんはソファから立ち上がり、おれを抱きしめて「おかえり」と言った。

 

 ―――――

 

 なんだか泣いちゃったし照れくさくもあり、話終えてからしばらく放心状態で椅子に座っていると、支度を整えた二人がやってきてお昼を食べに行こうと誘われた。

 

「あなた荷物全部捨てて来ちゃったのだから、お買い物しないと困るでしょう?」

 

「そうですね。とりあえず携帯と、あとコートがないと寒いですね」

 

「お洋服は私たちから帰国祝いに買ってあげる。勝手に選んじゃうけど。あはは」

 

 この堂島コーデ、東京で着ているのはかなり恥ずかしい。歌舞伎町なんか行った日には「おっさんはっけーん」と不良たちに絡まれそうだ。

 

 とりあえずお昼ご飯はタクシーで銀座へ行き、うなぎを食べることになった。

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