予定の時間の少し前、部屋にヨシオカさんが迎えに来た。
ついていくと小会議室のような部屋に案内された。
そこにはすでに二人の男性が待っていた。一人は50代後半ぐらいの温和そうなおじさんで、もう一人は40代半ば、おれと同い年か少し上ぐらいの真面目そうなおじさんだった。
「初めましてハナダさん。私、京都で大学教授をしておりますアズマと申します。お会いできてなによりです」
「ウチヤマと申します。私も京都の大学で准教授をしております。よろしくお願いします」
「初めましてハナダです。保護の要請をしてくださったそうで大変感謝しております。よろしくお願いします」
挨拶が済むとヨシオカさんは退出し、促されるまま二人の対面の席に座った。
慈悲深い眼差しでアズマ教授がおれを見ている。ウチヤマさんはこの犬は吼えるのか?というような顔で様子を窺っている。
二人とも眺めるばかりで話を切り出さないので「ん?」という顔を向けると、アズマ教授が気付いて口火を切った。
「ああ、すみません。いろいろと大変だったようですね。身体のほうは大丈夫ですか?」
「はい、お蔭様で。肋骨はまだ少し痛みますが、それ以外は至って元気です」
「それはよかった。まずは身体のことを第一に優先してください」
「それってこの身体になんらかの価値があるから、という話ですか?」
親切心で心配してくれているのだろうけど、身柄を入手したのはこの人たちなのだから牽制の意味も込めてちょっと意地悪いことを言ってみた。
「いえいえ、他意はないですよ。しかし世界中があなたの身体に興味を持っていることは疑いようのない事実だと思います」
だからその理由を教えてくれよと思った。それが顔に出ていたのだろう。
では本題に参りましょう、というアズマ教授の一言でウチヤマさんがログを取る準備を始め、机の上のボイスレコーダーのスイッチを入れた。
「まずは、こちらへ来た経緯についてお聞かせください。思い出せる限りできるだけ詳しくお願いします」
覚えている限りになりますが、そう前置きして微に入り細に入り経緯を話した。
必要な情報かわからないが肋骨にヒビが入ることになった経緯も説明した。
アズマ教授もウチヤマさんもおれの話に口を挟むことなく黙って聞いていた。
一通り話終えた後、反芻するように黒い穴が開いたときのことを確認してきた。
穴に落ちるとき熱を感じたか、音や光はどうか、身体が引き延ばされる感覚はあったか、そんなことを訊かれた。
一瞬すぎてどれもわからないと答え、高速で振動する感じはあったと付け加えた。
穴の話はもういい、そろそろ狙われる理由を教えて欲しい。
「自分に何が起きたのかわかってない奴をどうして世界中が欲しがるのですか?」
「それはあなたが特別な人間だからです。”特別な存在”と言ったほうが正しいですかね」
はあ?特別な存在… なんの話だ。
そりゃあ確かに地球の反対側に現れたのは特別だと思うけれども、黒い穴を生み出したわけでもなく巻き込まれただけなのに。
「穴に落っこちただけで特別な存在になるなんて、そんなことあります?」
「いえいえ。ハナダさんはワームホールという言葉はご存じですか?」
えっ!?ワームホール?あの黒い穴がワームホールだってこと?
「ええ。映画で観ました。空間を繋げる穴というか球体でしたっけ?」
「はい、離れた時空を繋ぐものです。主に量子力学の分野で研究されています。ただし人間が移動できるようなものとは考えられていなかったのですが…」
教授はワームホールの仕組みについて丁寧に説明してくれた。
量子テレポーテーションという概念?仕組み?があるらしいが、移動できるのは量子情報だけと考えられていることだった。そもそも量子もつれという状態を起こしている二つのものを各々ゲートのような状態で設置しなければならないらしく、行ったこともない場所へ瞬間移動できるものとは考えられていないらしい。つか量子ってなに?箱の中で猫が死ぬやつ?
「人間が無理だとしたら”あれ”はワームホールじゃなくないですか?」
「時空の異なる点を結ぶトンネル状の構造をワームホールと呼びますから、量子ワームホールとは別のものもそう呼んでも問題ないと考えています」
アズマ教授は大真面目な顔でそう言った。ウチヤマさんも確信のある表情でおれを見ている。専門家のこの人たちがそう言うのだからあれはワームホールなのだろう。
だからといっておれを特別な存在扱いするのは腑に落ちない。
ワームホールに落ちる前に、触れた程度とはいえトラックに撥ねられたのだから、先端科学じゃなくて「異世界召喚はご存じですか?」とか言われたかった。
そして、勇者専用の武器とか魔法を授けてくれるところでじゃないのか。
まさに今、伝説の幕が開けるってナレーション付きで。
戸籍だけ取り上げておいて理解できない話を延々とされても困るんだよね。