結ぶと解く   作:ながずぼん

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第165話 記憶と店名

 線香を上げて拝んでいると不思議な光景?ビジョン?を目にした。

 目を開けると微笑みかける店主さんの遺影と目が合った。

 「お茶をどうぞ」と言われ、辞するか一瞬悩んでから頂いていくことにした。

 娘さんから生前の店主さんの様子をお聞きした。その話の結びのところでアヤママから聞いた店主さんがおれに感謝してくれた話を聞いた。

 その話になったとき泣いちゃうかもと思ったが涙は出なかった。

 不在の寂しさはあるものの、店主さんも「忘れないを食べる存在」になったんだと思った。せめておれの忘れない気持ちを腹いっぱい食って欲しい。

 

 帰りに文房具屋に寄って、油絵を描くための道具を店員さんに相談しながら一式買って帰った。さっき見たオレンジの光を店に飾ろうと思った。

 部屋に着いてイーゼルにキャンバスを乗っけて、黒を一面に塗っていく。

 塗り終えたらなんか違うなと思って深い青を重ねていく。まだちょっと違うと思い濃い紫を薄くつけていく。油絵は初めてだけどなんとなくでもやれるもんだ。

 誰に評価されるものでもないからなんだけど。

 

 気が付いたら朝も昼も食べずに夕方になっていた。

 なにか食いに行こうと思ったが、喫茶店に降りてガレットを焼いて食べた。

 全然うまくもなんともねえなと苦笑いが出た。

 

 部屋に戻って絵の続きを描く。今度はオレンジの粒を。

 なんとなくでオレンジをちょんちょんと付けていく。もっと明るい光が必要だと思って黄色を乗せる。まだ光が足りないと思って白い点を落としていく。

 

 

 部屋の端っこまで行き絵を見る。

 なんか頭の中のイメージと全然違うんだけど…という絵が完成してしまった。

 全然似てない似顔絵みたいな違和感しかない。でもこれを見ればサヨさんも店主さんも思い出せるから、これでいいんだと思うことにした。

 乾くまで1週間ぐらいかかるとのことだったので部屋の端っこに動かした。

 

―――――

 

 月曜日、起きたらすぐに保健所に連絡をした。講習会に申し込みたい旨を告げると、管内だと1ケ月先になるが松本まで行けば来週と再来週あると言われたので、来週の分に申し込んだ。その後の営業許可申請と検査を考えれば、来月のアタマには開店できそうな感じだった。

 

 昨夜、寝る前からずっと店の名前を考えていた。

 ぜんぜん浮かばない理由はわかっている。店のコンセプトがないからだ。

 寄る辺のない漂流物に名前は付けられない。成長せず朽ちるだけだから。

 

 それにしても『なんとかカフェ』みたいなのが違うことだけはわかる。

 『純喫茶ハナダ』の方が店の雰囲気に合ってる。とはいえ名前を出せるほどおれの中からナニカを提供できるわけじゃない。技術も経験もなにもない。

 となると『談話室ボソボソ』みたいな喫茶店すら名乗らない感じがいいかも。

 応接とかサロンとか、そういった客が勝手にお喋りするためのスペースとすればおれの提供する飲み物や料理には期待されないで済むし。

 

 スマホの翻訳で応接とか談話室とかを調べているとぶち当たる『パーラー』に。

 いいじゃん『パーラー』。元々フランス語だし。ガレットを出すのに合ってる。

 後は本来の名前である『パーラー』に続く部分をどうするか。

 ここもフランス語で攻めてみると割とすぐに見つかった。『アトリエ』が。

 あの絵のある店。お喋りメインでガレットが出てくる店。いいじゃん!

 『パーラー・アトリエ』昭和っぽい響きがいい。

 

 昼飯は例のパン屋まで歩き、帰り道で歩きながら食べた。

 街の看板を見ながら、フォントはどんなのがいいか考えた。

 やっぱり新宿ピカデリーみたいなやつがいい。帰ったら紙に描いてみよう。

 

 ちゃちゃっと描けるはずだった。ところが何回描いてもバランスが悪い。

 どこに問題があるのかもわからない。頭の中にあるものが紙に転写できない。

 もう看板屋に任せて自分で描くのは辞めようかとも思ったけれど、そのやり取りを強い心で満足100%までリテイクさせられるかと言えば無理そうだったので、根性見せるしかねえかと思って描き続けた。

 十数枚描いたところでようやく満足できるものを描くことができた。

 これだってコンテストとかに出すわけじゃないから自己満足なんだけど。

 

 夕方、営業時間終了近くになってしまったけれど、紙に描いたものをDTPをやっている事務所に持ち込んでデータ化してもらう。

 打合せは別の日にしたほうがいいか尋ねると、いまからで構わないと言ってくれたので細かいところの処理をどうするのか話をした。

 看板に使うだけで、名刺を刷るつもりはないしサイト作らないし、たぶん広告も打たないと思うと伝え、じゃあカッティングしやすい処理にということになった。

 

 最後に気になっていたことを尋ねる。

 

「このフォント、正直レベル100で言ってかわいいと思います?あと視認性は?」

 

「はい、かわいいです。それに、パーラー・アトリエ、ちゃんと読めますよ」

 

 女性スタッフがにこにこしながら言ってくれた。彼女を信じよう。

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