結ぶと解く   作:ながずぼん

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第176話 御祝と接吻

 5月も夜の店はどちらも順調で喫茶店はガラガラ。アヤママやアオイさんに「帰る」と明かしてからいまいち稼ぐことに真剣になれない。

 

 ノゾミさんはシズカさんの弟子になり、ギャルたちはメイさんの舎弟になっている。アオイさんもシズカパイセンという相談相手を得てやりやすそうにしている。

 唯一5月病っぽいのがタケちゃんだ。タケちゃんはシズカさんにアピっているもののまるで相手にされていない。見ていて気の毒におもうほど木っ端微塵な毎日だ。

 

 そして5月はメイさんの誕生日があるので、ネクタイピンのお返しをしなくてはならず、欲しいものはあるか尋ねると「空気清浄機と炊飯器」とのことだった。

 なんて色気がないんだと思ったが、いらないバッグや気に入らないアクセサリーを贈るよりはよっぽど役に立ってくれそうなので家電量販店でお勧めのやつを買う。

 つうか、4,5万ぐらいのブランド品のほうがぜんぜん安い。炊飯器高かった。

 

 誕生日当日は夕方から鉢植えやら花束が届けられるということで早めに店に行き、タケちゃんと一緒にあちこちに花を飾った。このときメイさんがお客さんや酒屋、美容院など大勢から可愛がられているんだと知った。まあコミュ力おばけだし当然か。

 

 開店するとこの日のお客さんはほぼメイさんのお客さんだった。みんな義理堅い。

 めったに出ないシャンパンが何本も抜かれ、最初は調子よく飲んでいたメイさんだったが途中でギブアップして栓が開けられるたびタケちゃんが呼ばれて飲んでいた。

 閉店になる頃にはメイさんもタケちゃんもヘロヘロに酔っぱらっていて、一人でがんばって片付けをしているとフラフラしながらメイさんがやってきた。

 

「おい!ハナダミツル!寿司いくぞ、寿司。わたしに寿司を捧げよ…」

 

「ベロベロで食えないでしょ。別の日に連れて行くから今日は帰って寝たら?」

 

「うるさい。寿司行くの!早く片付けて!」

 

 そうは言うもののギャルとかの送迎もあるし、メイさんを寿司屋で待たせるわけにもいかなさそうだし。洗い物をしながらどうしたもんかと思っているとシズカさんがやってきて「姫様のご指名なんだから行ってあげなよ。オンナのコは私が送るから」と言われ「じゃあ、これだけ洗っちゃったら」と言って洗い物を急いで片付けた。

 

 店を出てフラフラするメイさんの肘を掴んで寿司屋に連れて行く。

 カウンターに座り「ビール!」とメイさんが叫ぶ。店主は困った顔で笑っている。

 注文をどうするか尋ねると「貝食べる」と言うので、適当につまみで貝を何種類か出してもらった。おれは相変わらず光り物の握りを頼む。

 

 頼んでおいてビールにも口をつけず眠そうな顔で座っているだけなので、とりあえず水を貰って飲ませる。

 案の定座ったまま寝てしまい、手の付いていない貝の刺身を食べているとリョウ君が寿司屋に来る。「あれ?ハナダさんじゃないですか」と声を掛けられ、仰け反ってメイさんの様子を見せて「凄い意気込んでたから来てみたけど限界だったみたい」と言うと、彼は「おつかれさまです」と超絶スマイルで1つ離れた席に座った。

 その距離感酷くないか…

 

「悪いんだけど、車回してくるから様子見ててもらえないかな?」

 

「いいですよ。落ちないように隣に座っておきますね」

 

 勘定を済ませて車を取りに駐車場へ。助手席をめいっぱい下げてシートを倒す。

 ヒューストンで具合の悪くなったアドラさんのことを思い出した。

 車を寿司屋の前につけて店の中に入り、メイさんの肩を揺すって起こす。

 

 何度か呼び掛けると「あぁ、すし…」と言いながら彼女は起きた。

 

「もう食べられないでしょ?帰るよ。寿司はまた今度ね」

 

 そういうと黙ってこくりと頷き彼女はフラフラしながら立ち上がった。

 リョウ君にありがとねとお礼を言って、メイさんの肘を掴んで店から出る。助手席のドアを開け、寝かせるようにシートに座らせた。

 

 ガタゴトと揺らすと吐くんじゃないかと思い、ゆっくり慎重に車を走らせる。

 たまに様子を見るとスーっと気持ちよさそうに寝ている。急に吐かないよな?

 

 どうにかマンションの前に着いて、再度「メイさん、着いたよ。起きて」と肩を揺るするとすごく眉間を寄せて嫌そうな顔をする。気にせず呼びかけならが肩を揺するとパチッと目を開けて「吐く」と短く言われる。「えっ?」と驚いたとき「ウソ」と言って彼女は両手で首に抱き着いてきた。お?と思っているうちに引き寄せられて唇が重なった。メイさんの唇はぷにぷにしていて柔らかかった。

 

 腕を解いて「へへへ。チューしちゃった」と照れて笑う彼女は、とてもかわいらしかった。心臓から血が漏れているようなじわっとした感覚が胸にあった。

 酔っぱらってどうせ覚えてないんだろうと思い込み、「そだね」と返した。

 

 車から降りてトランクに積んだ空気清浄機と炊飯器を降ろした。

 助手席のドアを開け「何号室?」と尋ねると「バーカ」と不機嫌そうに言って彼女は車から降りてフラフラしながらマンションの方へ歩き出した。

 プレゼントの家電を持って彼女の後についていき2階の部屋の前まで行くと彼女は振り返って「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。

 

 「けっこう重いけど中に入れられる?」と尋ねると「だいじょうぶ」と彼女はとびっきりの愛想笑いを返してきた。

 「じゃあ、おつかれさまでした」と言って階段に向かう途中で振り返り「メイさん、お誕生日おめでとう」と鍵を開けようとしていた彼女に声を掛けると、ダダダと走ってきてガバっと抱きついてきた。そして胸のあたりに頭を押し付けたまま「ありがとう」と彼女は言った。おれはどうにかなりそうだったので必死に彼女の頭を撫でた。

 

 身体を離すと「バーカバーカ」と今度は機嫌よさそうにそう言っておれから離れ、部屋の中へ入っていった。空気清浄機の箱を持ち上げるとき「重っ」と言っていた。

 

 帰りの車の中でまだ心臓がばくばく言っていた。

 トゥンクどころの騒ぎではなかった。もっとやばいナニカだった。

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