東京には昼ぐらいに着いた。なんだか久しぶりだなあと思いながら首都高から見える景色を眺めているとクスメギの携帯に着信があり、ハナザワさんから昼食がまだなら一緒にどうかという連絡だったようだ。4人で来ているとクスメギが言うと店の場所が指示されたらしく通話が終了した。
「あの、私までいいんですか?お仕事の邪魔になるんじゃ…」
「大丈夫よ。ハナザワさんとってもいい人だから、誰だ?なんて言わないわ。それよりハナちゃんの彼女だと思われちゃうかも。うふふ」
「ハナザワさんはそんな芸能リポーターみたいなこと言わないですよ」
アオイさんの放つ夜の匂いで店の関係者だってことぐらいわかるだろう。
ハナザワさんの指定したイタリアンレストランに行くと奥の個室に通された。
部屋に入るとハナザワさんの隣にハヤセ君がガチガチに緊張して座っていた。
「ハナダさんお久しぶりです。お元気そうでなによりです」
「はい。おかげさまで。ハナザワさんも相変わらずシュッとして元気そうですね」
「あはは。いや、油断するとすぐに肉が付くので最近はジムに通ってますよ」
「ハヤセさんもお変わりなく。その節はお忙しい中、朝早くに迎えに来て頂いてありがとうございました」
ハヤセ君に厭味っぽく丁寧に頭を下げると「いえ、なにか失礼なことを言ったかもしれませんが、平にご容赦を」と深々と頭を下げた。
挨拶が済んでみんなで席に着く。クスメギが向こうに回り、アヤさんとアオイさんに挟まれる形で座ったからか、ハナザワさんが好奇心が抑えられない!といった表情で「あの、そちらの方は?」とアオイさんのことを尋ねてきた。
やっぱり気になるもんなのか。ハナザワさんなら銀座とか行き慣れてそうだけど。
「私の妹です」「ハナダの雇用主です」「て、添乗員です」「おれのセフレです」
みんなバラバラなことを言い、一斉にぶふっと噴き出した。
「ちょっとハナちゃん!あなたセフレって。嘘でも良くないと思うわ!」
「いや嘘つくならすぐバレるやつの方がいいじゃないですか。妹だって言う方が質が悪いですよ。あと添乗員とか意味わかんねえから。黒ニットの添乗員いないから」
「室長すみません。この人たちは夜の生活が長いもので、出自を訊かれると反射的にひとまず嘘をつく病気なんです。彼女は元々アヤさんのお店で働いていた方で、いまは独立してハナダはそこで黒服をしています」
「ご、ごめんなさい。初対面の方にまだ陽も高いのに…」
ハナザワさんは一瞬ぽかんとしていたが「あははは、ハナダさんの周りは本当に個性的な方が集まりますね。ハナダさんがいい人を連れて来たのだとしたら、その、まさか諦めたのかな?と思ったもので」と笑って許してくれた。
「いや、相変わらず連絡待ちですよ。彼女はおれが何者か知っていてこの先どうしようとしているのかも知っています。漏らすような人じゃないと思って言いました。でも、他のことはどこまで知っているのかは…アオイさんはどこまで聞いているんですか?」
そう訊ねたとき店員が注文を取りにやってきたので一時中断。オーダーはハナザワさんにお任せにして店員が去るのを待った。
店員が去ると、アオイさんは知っていることを話してくれたが、おれがこの世界の人間じゃないってことだけだった。意外と2人は口が堅いみたいだ。
ほどなくして料理が運ばれて来たのだが、高級イタリアンはすごい美味かった。
油がそこらのものと違うのか、パスタなんかやたらツルツルしていてモチモチしている。唇と歯で美味いと感じる料理って覚えがない。やっぱすげえな東京は。
ハナザワさんは銀座も六本木も行かないらしく、こんな綺麗な人たちと毎日一緒にいたら絶対誰かを好きになる、黒服っていうのはよく理性を保てるものだと感心されて、おれは曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。3人も乾いた笑い声を上げていた。
甘いデザートを食べていたらエスプレッソがすぐなくなってしまったので、もう一杯頼んで飲みながら、素敵な店を用意してくれてありがとうとハナザワさんにお礼を言った。
食事が済んだら店の前で女性陣と別れ、おれたちは霞が関に向かった。
霞が関の古いビルに入り外事室へ。なんだか懐かしい。まだ正体不明のクスメギに連れられて来た日を思い出す。奥の会議室に通されてクスメギと並んで座る。
「そういえばハナダさん、あの二人とはその後、連絡などは取り合っていますか?」
「ああ、師匠とアサガオさんなら4月ぐらいに来ましたよ。こいつとアヤさんも呼んで5人で焼肉行ってきました」
「えっ!焼肉に?相変わらず冷たいなあ、呼んでくださいよ…」
「いやだって車で何時間もかかるじゃないですか。師匠はともかくアサガオさんは言動が全く読めないんですよ。あ、でも冬にまた来るって言ってました。そのときは何日いるかわかんないですけどすぐ連絡しますね」
「それで、アズマさんのことを師匠と呼んでいるのは何かあったのですか?」
毎日同じメニューを調理しているが一向に上達しないけれど、師匠に教わると一瞬で美味しくなるのだと熱弁した。ハナザワさんは困惑していて伝わってる感じが全くなかったけれど、最後に「師匠はアサガオさんの胃袋を完全に掌握してます」と言うと、なるほどそれで…と深く頷いていた。