今後も変わらず支えてくれと頼まれたことに対して、おれはいなくなるからちょっと複雑な気持ちで「がんばれよ」とだけ声を掛けた。
すると奴は目の前のデザートの皿をどけてジャケットの内ポケットから一枚の紙をテーブルに置いた。緑の帯がついてるやつ。もう2人の名前は書いてある。
アヤさんの苗字オニヅカっていうんだ。めっちゃ厳ついじゃん。
「ここに名前を書いてもらう人をアヤさんと相談したんだけど、あんたとアオイさんしかないって2人の意見は同じでさ。だから俺たちのこと認めて欲しいんだ」
「昔ならお仲人さんにお願いするんでしょうけど、私たち初めてじゃないし、そういう人を立てるつもりもないし、一番認めて欲しい2人にお願いしようってことにしたの」
「私でよければ喜んで名前書かせてもらいます。おめでとうママ、クスメギさん」
アオイさんは見たこともない素敵な笑顔で2人を祝っている。2人もそう言われて本当に嬉しそうだ。そんなタイミングでおれがここで水を差すのもなあ…でもなあ…
「おれだって真っ黒になるまで署名するつもりだけど、ハンコ持って来てないよ?」
変に気を回したような感じにならないように、さらっと言ったつもりだった。
「ぷっ。あんたに細かいことで突っ込まれるとは思ってなかったよ。勝手で悪いんだけどハンコは認め印をこっちで用意させてもらった。ありがとうな」
奴がそう言うとアヤさんがバッグからハンコ2つと朱肉とペンを取り出した。
まずはアオイさんから書いてもらう。本名「ニナガワ キョウコ」っていうんだ。
言われてみればキョウコさんて感じするな。それがどんなか説明できないけれど。
ハンコが押された紙がこちらに回って来る。しゃしゃっと名前書いてハンコ押す。
「おれが地元戻って絶望してたとき、焼肉屋の後でおまえが気を遣ってもう一軒って言ってなかったらここに辿り着いてなかったかもな。すげえな人生って。いや、つうかおまえの全部がここに繋がってたのかもな。アヤさんこいつを頼むね」
サトルきゅんは泣いてしまいました。それを見てアヤさんもアオイさんも泣いてしまいました。おれは全然泣けなかった。肩の荷が降りた気分がしただけだった。
感動の署名式?が終わってデザートを食べ終わったら、テラス席に移動して二次会になる。海風があるものの外はまだ暑いし湿気はすごいし、さっき中から見ていた感じとはまるで違っていた。ジャケットを脱いでネクタイを外し、ジゴロ気取りですか?と言われそうな感じにシャツのボタンを2つ外して胸元を露出させると少しマシになる。
「おまえなんで言わなかったんだよ。知ってたら花束の一つでも用意したのに」
「ご飯の前に一緒にお花買いに行きませんかって言おうと思ってたのにハナさん電話出てくれなかったじゃないですか?なにしてたんですか?」
「え?そうだったの?シャワー浴びてエアコンで涼んでたら寝ちゃってた…ごめん」
「そういやあんた、ハナザワさんから何か渡されてなかったか?トランクか?」
「ああ、チーズケーキかなんかを貰ったけど、地下鉄でお兄さんにあげちゃった」
「はあ?あれなかなか買えないやつなんだぞ?室長わざわざ朝から並んで買ってくれたのに。なんであげちゃうだよ!彼女たちにっていわれただろ?」
なんか貴重なものだったらしくクスメギに怒られた。
なので地下鉄で青山に向かってたら車内で過呼吸の発作を起こした女性がいて、それの対処をしてたお兄さんが袋ないかって言うから袋渡して、裸でチーズケーキ持って歩いたら腐ると思ってお兄さんにあげたと説明した。実際に外は暑かったし。
アヤさんもアオイさんもケーキ食ってたし、これは運命だった不可抗力だと言った。
「ハナちゃんらしいわね」「いつもこんな感じですね」「間違ってねえけどさあ」
とりあえず3人とも納得してくれた。お兄さんが人助けの褒美として美味しく頂いてくれていればいいじゃないか。点数稼ぎたかったハナザワさんには悪いけど。
―――――
朝目覚めると隣には一糸纏わぬアオイさんが寝ていて、ということもなく普通にでかいベッドに一人で寝ていた。ベッドがでかいと冷たい場所が多くて嬉しかった。
まずシャワーを浴びる。スーツを仕舞いラフな服に着替えて部屋を出る。
ロビーにはもうアオイさんが待っていた。薄いラベンダー色のニットを着ている。
まじで殺す気だ。なんかお胸が実っているのだけど妊娠でもしたのだろうか。
「あはは。そんなに見られたら胸に穴が開きますよ。これ昨日ママと買ったんです。パット盛り盛りですけど、ハナさんは殺せたみたいですね」
「いや、まじで殺しに来てるなって思いましたよ。みんな普通に死ぬと思う」
朝からそんな会話をしているとクスメギたちがやってくる。チェックアウトの手続きをすると会計は2人が全部払ってくれた。「そんなの悪いよー」と言いながらもたもたしながら財布を出すと「そういうのいいから」と奴は笑った。
駐車場に行き荷物をトランクに乗せる。また上着いるかなと思ってアオイさんをみると、昨夜羽織っていたショールを持っていたので上着はいらなさそうだった。
調布を過ぎるあたりで「旅行とか行かねえの?」と尋ねると「あんまり先延ばしにはしたくねえけどすぐは無理だなあ」と返事があってから車内は旅先の話になった。
女性陣は南の島がよくて野郎はヨーロッパ推し。途中で、ウルグアイを勧めてみたけどみんなに無視された。確かに遠すぎるけどさ、チビートうまいよ?
サービスエリアに寄って車に戻るとアヤさんが旅行の話を再開した。
すごい行きたいじゃんと思った。クスメギが段取りスキルを上げるしかない。