案内されてダイニングに座ると奥さんはキッチンの方へ行って、こんなでかい皿一般家庭で見ないですよ?というぐらいでかい皿にぎゅうぎゅうになったサンドイッチを運んで来てくれた。相変わらず色とりどりの具が入っていて見た目も綺麗だ。
「そういえばアーリントンを出るときに頂いたサンドイッチおいしかったです。お気遣いありがとうございました」
「いえ、お腹壊しませんでした?冬場とはいえ生もの入れすぎちゃったから心配で」
「全くそんなことなかったですよ。あのサンドが逃亡中で一番おいしかったです」
「ハナザワからだいたいのことは聞いていますが、あれからの話を直接お聞きしたくて無理を承知で家に来て欲しいと頼んだのです。お願いできますか?」
「要点をまとめるのが下手で、だいぶ長くなりますけどいいですか?」
ウチヤマさんも奥さんも、大袈裟なぐらいうんうんと頷いている。
サンドイッチを貰いながらアーリントンからの逃亡劇を順を追って話した。
アドラさんが寝る時はほぼ下着で目のやり場に困った話に始まり、ローハン王がFBIだった話、全米が震えたアドラさんの叔父さんの話、二人は驚嘆の声を上げる以外はほぼ黙って聞いてくれた。
タラハシーで元DEAのゴミ野郎を退治したところで夕食の支度の時間となり、話は一旦そこで終わらせた。まあ、後はアドラさんとの微妙な話だし。
「尿素の分子構造がそのまま見えるだなんて、本当に科学は苦手なんですか?」
「あはは。自慢じゃないですけど教わらないと何もわからないんですよ」
「ということは、ハナダさんが自我の境界を外してイメージとして見ているものは記憶と強く結びついているということなのでしょうね。不思議な構造だなあ」
夕食は餃子パーティだった。無限に続くと思われるぐらい次々と餃子が焼かれて出てくる。餃子で腹いっぱいになったのは人生で初めてだった。
その後、珈琲を頂きながら話の続きをしたのだけど、おれの歯切れも悪いし二人も何かを察してか概ね「ふうん」という感じだった。
そういえばFBIから謝礼なのかよくわからないけど150万円が振り込まれてたと言ったらすごくびっくりしていた。わかる。おれもびっくりしたし。
その後、アサガオさんたちが地元に来て師匠に料理を習った話をした。
「付き合いは長いですがアズマさんの手料理は食べたことなかったなあ。調査で山奥や海洋に出ているときでも、食事はいつも現地ガイドに作ってもらっていたし」
「そういえばウチヤマ先生はまだワームホールの研究をしているんですか?」
「いえ、あれはアズマさんの退職と同時にお蔵入りしました。彼が資料の大事なところを紛失したということになっています」
だいたいのカラクリが掴めたから闇に葬ったということなのだろう。
科学者がハワイに大挙して押し寄せたらエルリカさんも逃げてしまうだろうし。
その後、ここで寝るようにと案内された座敷には布団が敷いてあり、エアコンはない代わりに扇風機が用意されていた。風呂を借りてシャワーを浴びて寝巻に着替えてリビングに戻ると、灯りを落とした部屋でウチヤマさんが酒を飲んでいた。
浮かない顔をしているので「どうしたんですか?」と尋ねると「教授になったのはいいものの、いま行っている研究にいまいち熱くなるものがない」とのことだった。
「それってどんな研究ですか?」と訊いてみたもののさっぱり意味がわからなかった。
「おれのじゃダメですか?おれの頭にある素粒子。どうやってミトコンドリアが変異して素粒子吐き出すのか知らないですけど、これは確かにこの世界のものじゃないですか。だったらこれを見つける研究をするのはダメですか?」
ウチヤマさんは目を白黒させながら頭をフル回転させているようだった。
「アサガオさんの使う素粒子に触れなければアズマ師匠もなにも言わないと思いますよ」と言うと「アズマさんに相談してみます。慎重に事を運べば或いは…」とさっきまで少し虚ろだった目が、いつもの感じに戻ったような気がした。
朝食を頂きながら、ウチヤマさんからの質問事項を年末までなんでも答える約束をした。とはいうものの、わからないものはわからないので勘弁してくれと頼んだ。
奥さんから「お忙しいのにお手数おかけしてすみません」とまた恐縮される。
「先生からあの時、生物学の基本を教えてもらわなかったら今ここにはいないんです。自分のことわからなかったし、アサガオさんにも会えてないだろうし。だからおれの答えがヒントになるなら喜んで協力しますよ。FBIの捜査官からは本人に恩を返しちゃダメって言われましたけど。ははは」
「じゃあ私が受ける恩をどこかに回します。それで約束は果たされるはずですよね」
荷物を持って玄関へ行くと、タタタと後ろから足音が聞こえたので長男くんかなと思ったら次女ちゃんだった。「はいこれ」と渡されたA4の裏紙にはおれに似た侍というか着物を着た男の絵が描いてあった。まさか彼女がゲンゾウの?でもそのマンガは違う世界のものじゃ?
「ありがとうね。このお侍さんはなんて名前なの?」と尋ねると「ハナダ」とだけ彼女は言った。おれなんだ。とりあえず似顔絵?を畳んでリュックに入れた。
車に乗り込み出発するとき家族総出で見送ってくれた。
たぶんもう会わないのだろうなと思いながら手を振り、ちょっと切なくなるのと同時にそんなことは関係なく楽しそうに暮らしているんだから、別におれはいてもいなくても同じなんだなと思った。
闖入者、そんな言葉がしっくりくるような気がした。