10月も残り数日となった頃、サクラさんから連絡があった。
サクラさんが街で見かけた女性を保護したそうだ。暴れたり自傷行為をしたりするようなことは今のところないが、専門医もお手上げなぐらい自己嫌悪なのだそうだ。
いますぐ来てくれとは言わないが近いうちに相談に乗って欲しいとのこと。
おれの能力を使うにしてもどう使えばいいのか相談できる人と連絡がつかないから少し時間が欲しいと言うと、それでも構わないと言ってくれた。
すぐに師匠の携帯に掛けてみたが相変わらず圏外のようで繋がらない。
あと相談できそうなのはハナザワさんだけど、この前、専門外だって言ってたし。
とりあえず11月になったらもう一度、師匠の携帯に連絡してみることにした。
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11月に入り師匠の携帯へ連絡してみるも圏外のようでまだ繋がらない。
アヤさんならもしかしてアサガオさんの居所がわかるのではないかと思い連絡をしてみたが、繋がりは感じるもののどこにいるのかまではわからないようだった。
サクラさんを音沙汰ないまま待たせるのも悪いと思い、まだ相談者とコンタクトが取れないことを連絡すると、一度様子だけ見に来ないかと言われ、日曜に日帰りで東京へ行くことになった。
サクラさんの事務所は下北沢にあり駐車場が近くにないということだったので、新宿の最大料金設定のあるコインパーキングに車を停めて小田急線で下北沢へ行く。
向こうの世界で下北沢に行ったのは20年ほど前なので、駅が高架になっていることにまず驚く。というか駅前の風景が記憶と全然違っていて自分がどっちを向いているのか全然わからない。そもそも中央口だの南西口だのそんなのあったかな?
とりあえず中央口から出てサクラさんに連絡をすると、すぐに迎えに来てくれるというのでその場で待つことに。
上下黒っぽいシュッとしたジャージのような格好の短髪ボブの美人が微笑みながらこちらに歩いて来る。え?おれのこと見てる?とよく見るとサクラさんだった。
「髪、また切ったんですね。雰囲気変わったけどその髪型もすごく似合ってますよ」
「さすがにここまで切れば気付きますよね。もしかしてハナダさんの方が髪長いかもしれませんね」
挨拶もそこそこに、サクラさんに付いて南口商店街を歩く。なんだか全然知らない街に来ているような気分だった。ずっと前から営業している飲食店は数軒あって、キッチン南海を見た時に、やっぱりここは下北沢なんだなと思った。
南海をもう少し行った先のミスタードーナツに入り、そこで話を聞くことになる。
珈琲だけのつもりが甘い匂いに抗えずまんまとドーナツも買って2階へ上がる。
「私たちの団体は、基本的に受け身というか待ちの状態で相談が来てから対応するのだけど、彼女は私が街で見かけて声を掛けてっていうケースなの」
「街で?発作を起こしていたとか、そういうこと?」
「ううん。一目見たときにこの人、放っておいたら死んじゃうって思って。それで保護したのだけどなかなか会話もできなくて。ひとまず保険証で名前と住所が確認できたから興信所にお願いして彼女がどんな人なのか調べてもらいました」
「そうなんだ。その人は今どうしてるの?」
「事務所に寝泊りしてもらってごくごく簡単な作業とかしてもらってます。実際には住むところもなかったし。事務所にはシャワーと簡易ベッドがあるから」
入院患者のような人の傍らで頭を覗いて操作をすれば終わり、ぐらいの軽い気持ちだった。彼女の素性はわからないが、訳ありどころでは済まない予感はあった。
あと、そんな人を見つけてきて保護するサクラさんを尊敬する。元々使命感の強い人だとは思っていたけれど、それだけで浮浪者みたいな人間を保護はできない。この人には何か人間の尊厳に対する強い気持ちがあるのだろう。すごい人だなと思う。
サクラさんは少し声を落として彼女の話をしてくれた。
その女性は公立高校の英語教師だったのだけど教え子と身体の関係を持ち事件になる。当時彼女は26歳で彼は17歳だった。何度も逢瀬を重ね帰りが遅くなる息子を心配した両親が彼を問い詰めると先生との関係を白状し、それを聞いた両親は激怒して学校へ突撃、彼女はすぐに青少年育成条例違反で懲戒免職処分になる。
公判では、弁護側から彼に恋愛感情があったという主張があったが、検察側というか両親はグルーミングがあったと主張しそこが争点となった。敢え無く有罪となってしまったが実刑は免れ罰金と執行猶予付きの判決となる。で、彼女は実家から絶縁されてしまったそうだ。
それだけでも人生に絶望する理由として充分なのだろうけどその先が酷かった。
彼女の事件はネットニュースなどで知られ、あることないことSNSや掲示板サイトに書き込まれた。彼女のアパートに張り付く輩が出没し、バイト先の弁当屋にまで嫌がらせに出向く連中が現れ、住むところも働くところも失った彼女は知人宅を転々とし、僅かな貯金を切り崩して暮らしていた。
理解のある知人ばかりではなかったようで、悪い女がスカウトとグルになり彼女を風俗店で働くよう勧め、自暴自棄だった彼女は寮住まいで池袋のデリヘル嬢となる。
セックスで人生を棒に振ってしまった彼女が風俗嬢になるとか業が深すぎる。
店側は彼女で最大限利益を出すためHPにも「あの淫乱先生が」とプロフィールに書かれてしまう。鬼畜の所業ってこういうことを指す言葉だと思った。
いくら東京とはいえ世間は狭く、彼女が風俗で働いていることがどこ経由なのかわからないが元恋人の彼の耳に入ってしまうと、彼は責任を感じて自らの命を絶ってしまう。
残された遺書には彼女への詫びと両親への恨みつらみが書かれていたそうだ。
その後、ある客が興味本位で彼の死をわざわざ彼女に告げたそうで、彼女は寮を飛び出し彷徨い歩いて大久保のあたりで外国人に混じって立ちんぼをしていたところをサクラさんが保護したということだった。彼女を見かけたときキャミソール一枚で裸足だったそうだが、さして金の入っていない財布だけは持っていたそうだ。
その財布はたぶん彼からのプレゼントだったんじゃないかとサクラさんは言った。