結ぶと解く   作:ながずぼん

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第190話 暴露と遭遇

 サクラさんから彼女の話を聞き終える頃には珈琲がすっかり冷めていた。

 この胸焼けはさっき食べたドーナツのせいではないだろう。ムカムカする。

 

「初めて彼女の目を見た時に、人の目って絶望が深いとこんなに輝きを失ってしまうものなんだってびっくりしました。まるで光が届かない真っ暗闇みたいな目をしていました」

 

 サクラさんは痛々しい顔でそう言う。おれは果たしてそこまで絶望している人間を救うなんてことができるのだろうか。勢い余って背伸びしすぎてやしないだろうか。

 

「彼女、メンタルのお医者さんには通っているんですか?」

 

「病院に連れていくのを怖がるから、いつもお願いしている先生が休診の日に様子を見に来てくれています。本当は薬も飲んだほうがいいのだろうけど」

 

「さっき財布に大してお金なかったって言ってましたけど、もしかして?」

 

「ええ、そうなんです。本来なら入院すべきなんでしょうけど、私たちもそこまで資金があるわけじゃないから。生活保護を申請しようにも本人が行かなきゃだし」

 

 このまま師匠たちと年末まで連絡が取れないのであれば、あのダイヤモンドの粒を治療費や活動資金に充ててもらうしかない。

 それよりも、今日、彼女に会うべきか準備ができてからにするか悩む。

 悩んでいるとサクラさんの携帯に連絡が入る。短く返事をして彼女は通話を切る。

 

「ちょうど先生が来てくれたみたい。一緒に事務所まで来てもらえないですか?」

 

「はい。今日は何もできないけれど本番が来たときのために行きますよ」

 

「ふふふ。ハナダさん、浅草で絶望していた時と別人になりましたね。さすがパウラを抱いた男ですね。こんなに立派になるならやっぱり結婚しとけばよかったなー」

 

「なっ…、き、聞いたんですか?」超動揺しながら声を絞り出すと「パウラにハナダさんの不思議な力について聞いたら、とてつもない力だって教えてくれてその時に」とサクラさんはからかうような視線で笑っていた。

 

「あの、サヨさん、ていう人のことはパウラさん何か言ってましたか?」

 

「サヨさん?誰ですか?パウラの知り合い?何も言ってなかったですよ?」

 

 サヨさんのことに触れずにおれに抱かれたなんて、パウラさんはどうやってサクラさんに説明したのだろうか。ていうかどうして喋ったんだ。恋愛対象じゃないって言ってたのに。やっぱりおれのこと…いやいや、勘違いおじさん怖い怖い。

 

 店を出てサクラさんに付いて事務所へ行く。南口商店街を抜けて茶沢通りに出る。

 少し行った先を右に曲がって住宅街の一角にある年季の入った中古住宅がサクラさんたちの事務所になっていた。

 「どうぞ入って」と言われ「お邪魔します」と中に入るとサクラさんと同じ格好をした若い女性とおれと同じかもうちょい上の女性スタッフが「こんにちは」と挨拶をしてくれる。若い女性スタッフがサクラさんに「先生、奥にいます」と告げ、サクラさんの後について行って廊下の突き当りの部屋へ入る。

 

 中には簡易ベッドに座るぼさぼさ髪の虚ろな目の女性に、どこかで見たことのある男性が話し掛けていた。あれ?この人誰だったっけ?

 すると入室してきたおれたちに気付いた男性が振り向きおれを見て「あっ」と声を上げ、おれも「あっ、お兄さん」と声が出た。

 サクラさんたちを手伝っている先生は、このまえ電車の中で過呼吸の女性に対応していたお兄さんだった。どうりで手慣れていたわけだ。

 

「あの時は、大変お世話になりました。貴重なケーキまで貰ってしまって」

 

「まさかここでまた会うだなんて世間は狭いですね。あの方は大丈夫でしたか?」

 

「ええ、渋谷のクリニックに向かっているところだったようで、渋谷に着いたときには落ち着いて、そのまま付き添って送ってきました」

 

「それならよかったです。たまたま先生がいてよかったですね彼女」

 

「あの、二人は知り合いだったんですか?それに貴重なケーキって、もしかしていつだったか先生が持って来てくれた資生堂パーラーのチーズケーキのこと?」

 

 地下鉄で過呼吸になった女性がいたときの顛末をサクラさんに説明した。

 

「嘘でしょ?こんな偶然出来過ぎじゃない?これもハナダさんの不思議な力なの?」

 

「あはは。まさか、これは本当に偶然ですよ。ていうか先生におれの能力のこと教えてあるんですか?」

 

「ごめんなさい。詳しくは私も理解していないからちゃんと説明できていないけれど、普通の治療じゃできないことができそうな人がいるとだけ」

 

「あの、ハナダさんて、もしかして()()ハナダミツルさんですか?」

 

「はい?()()って?」

 

 先生はおれが東京で検査を受けていた大学病院の精神科の助教で、脳科学から精神疾患を理解するため、脳科学の研究室にも出入りするハイブリッドな医師だった。

 なのでおれの検査結果にも目を通していて、脳波の異常や血液検査で判る変異ミトコンドリアの特質も知っていた。こんな偶然都合良すぎないか?と言いたい。

 

「すみません、名乗るのをすっかり忘れていて、フジサワタクミと申します」

 

 先生は伝説の豆腐屋みたいな名前だった。やっぱり峠では無敵なのだろうか。

 しかも彼はシュッとしていて爽やかだし、医者で頭が良くて金もありそう。なにより落ち着き払ったイケボなのだ。ずるいにも程がある。

 

 こんな純度の高い僻み要素で作られた完璧超人と仲良くやれんのかおれ。

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