結ぶと解く   作:ながずぼん

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第194話 処理と兆し

 チューリップ畑を半分ほどまで間引いたら膜の中へ入っていく。

 受容体を支えているPSDアンカーというものがあり、これが残っているとすぐに受容体が復活すると先生は言っていた。枝が生えた珊瑚のような構造ということだったが、これ珊瑚じゃなくて筋子だよな。これじゃないのかな?

 

 筋子の根元のあたりから花弁のあった方向を見ると、まるで海面から顔を出した部分に花を咲かせているように見えた。やっぱりこれで合っているみたいだ。

 手早く筋子をバラバラにしないと花が復活してしまうのでバラバラにしていく。

 

 それと同時に筋子の周りには透明のカプセルがくっついたようなものが浮遊していた。これは先生が言っていたArcという長期強化を補強する物質だということがわかる。先生もカプセルって言ってたし。これがミトコンドリアDNAを転写して運んでいくと…なんだったかな忘れた。

 とにかくカプセルが固まってるのがよくないって言っていたので、カプセル同士がくっついているところにそっと触れると一つずつに離れ、まるでシャボン玉のようにふわふわと漂い始めた。再利用するから壊すなって言ってたし、これでいいだろう。

 

 Arcのカプセルをバラバラにしていると、イクラのように中に実が入っているカプセルがあった。これがミトコンドリアDNAを運んでいるやつなんだろう。そうはさせるかと思いカプセル本体に()()()と念じながら触れるとパチンと弾け中にあった光の粒は輝きを失いどこへいったのか見失ってしまった。

 

 筋子とカプセルの両方の処理を終えてもう一度、現実世界へと戻る。

 先生にいまやってきた処理を報告すると「本当に、見えているんですね、ウチヤマ教授から聞いてはいましたが…」とめちゃくちゃ驚いていた。さっきまで信じてるような顔していたのに今更なにを言ってるんだ。

 サクラさんにどのくらいの時間がかかったのか尋ねると20分程度だと言われた。2時間ぐらい潜っていたような感覚だけど、現実にはたったの20分だった。

 

 「もう一度いってきます」と2人に声を掛けて三度彼女の頭の中へ。

 焦げた臭いを探して次のシナプス領域へ。花弁を散らすとき、例の連鎖反応で一気に解いてしまうと彼女の脳が壊れてしまうので、一つずつ集中して散らしていく。

 筋子もカプセルも同じで、構造そのものを解いてしまわないように、とにかくそっと強く念じないようにバラバラにしたりカプセルを割ったりしていった。

 

 最初のを入れて5箇所ぐらい焦げた匂いのするシナプス領域の処理をしたところで現実世界に戻る。

 先生から長期強化されているところは10箇所程度と見込んでいるようだったので、半分を解いたことになる。ただしそれは目安なだけで、負の感情のループが復活しないうちに凡その流れを断ち切らないといけない。のんびりしている暇はない。

 少しは様子が変化したかなと淡い期待を抱きつつ虚ろな彼女の目を覗き込んでも効果のほどはわからなかった。相変わらず怯えた目をしているように思える。

 

「先生、これって効果が出てるんですかね?」

 

「現時点では認識できませんが効果はあるはずです。現代の医療では不可能な治療をあなたはしているんです。とてもオーソドックスな理論を実践しているので効果は間違いなく出るはずです。あなたの能力を信じていますから引き続きお願いします」

 

 おれを信じて先生に頭を下げられた。完璧超人がおれを頼っている。

 するとサクラさんが心配そうに声を掛けてくれる。

 

「ハナダさん、頭痛や鼻血が出たらすぐに止めていいんですからね」

 

「ありがとう。きょうこそおれはしぶといんだって証明しますからね」

 

 2人に背中を押されて彼女の頭の中へ。まだ焦げた臭いは探知できる。

 花弁を散らし筋子を解体、カプセルをバラしてイクラを潰す。

 シナプス領域を1つ処理してズームアウトする。そして焦げた臭いを辿って次のシナプス領域へ移動する。そして処理。行き場を失ったグルタミン酸を見るたび悪い感情の捌け口にしてきた奴らの舌打ちが聞こえる気がする。ざまあみろだ。

 

 合計10箇所のシナプス領域を処理したところでズームアウトして焦げた臭いを探すと、あと1箇所あるのがはっきりわかる。最後の処理の前に一度現実世界に戻る。

 

 先生とサクラさんに10箇所処理して残り1箇所だと思うと告げると、サクラさんに「劇的な回復とまではいかないけれど、目に少し力が戻ってきている気がする」と言われた。手を繋いだままサトミさんの目を覗き込んでみるけどおれにはよくわからなかった。ただ、ぼんやりとはしているけど怯えの感情は失せたような気もする。

 実感はないけど効果は出ていると信じて最後の1箇所に向かう。

 

 花弁と筋子とカプセルの処理を終えてシナプス後膜のところへ戻ると、軸索の先端から放出されるグルタミン酸の匂いが変わった気がした。焦げた臭いではなく、ちょっと香ばしいパンが焼けるような匂いだった。これが正の感情ってやつなのか?

 ズームアウトしてみると軸索を通る光の筋がキラキラとしているように見えた。

 錯覚か?と思いつつ、光の筋の源泉のほうへ辿っていく。

 

 アーモンド型の球体のようなところから光の粒が放出されている。もしかしてあれって先生がリスクが高いって言っていた側坐核ってところなんじゃないのか?

 球体に近づいていくと2層構造になっているのが見える。外側は柔らかそうな膜で枝のようなものが生えていて、膜の内側はゆっくり回転している。

 先生の言いつけを守れば触らない方がいいのだろうけど、さっきの香ばしい匂いのことを思うと、もうちょい回復を後押ししておきたい。これは彼女のものだから。

 

 回転している核の中へ入っていくと、暖色系と寒色系の実の入ったカプセルが混在しているのが見えた。先生が見せてくれた資料だと暖色系がドーパミンD1系で寒色系がD2系ってことになる。嬉しい気持ちを抑えるのがD2系だ。

 どちらの数が多いということもない感じに見えるが、彼女には喜びの感情が必要だろうから濃い青色をしたカプセルをいくつか割ってほんの少しだけオレンジ優勢にしておいた。気休めにしかならないかもしれないけれど、リハビリの後押しになれば。

 

 もう一度、内側前頭前野から前部帯状回にかけてのネットワークと呼ばれるあたりに戻って焦げた臭いを探してみる。焦げた臭いも、さっきの香ばしいいい匂いも感じなかった。ニュートラルということなのだろうか。

 

 余計なこともしたし、ちょっと心配になりつつ現実世界に戻る。

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