結ぶと解く   作:ながずぼん

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第195話 紅茶と転移

 現実世界に戻ると、「おつかれさま」と微笑むサクラさんと目があった。

 すごく柔らかい笑顔だった。これはもしや結果が目に見えてと思い虚ろな彼女を見ると、相変わらずスーンとしている。いや、スーンとはしているのだけど、内側から生きる力のようなものを感じる。心なしか手を握り返している気もする。

 

「ひとまず過剰なニューロン発火由来の神経伝達は受け取り側を半分にできたと思うんですけど、すぐに効果は出ませんよね?」

 

 先生にそう訊ねると「ハナダさん、あなたは本当にすごい人だ」と褒められた。

 まるで実感はないのだけどと思ったら虚ろな彼女改めスーンな彼女は無表情のまま手を握り返してきている。やっぱり気のせいじゃなかったんだ。

 

 ていうか戻ってから花の匂いみたいないい匂いがしてるのはなんなんだ?

 部屋を見回すと、簡易ベッドの隣のキャビネットの上で紅茶が湯気を立てていた。

 「あなたが戻って来たときにと思って紅茶を淹れたら彼女に反応があったの」とサクラさんはそう言って嬉しそうに彼女を見つめている。

 「きっとこの紅茶には嬉しい記憶があったのでしょうね。その反応を引き出したのはきっとあなたですよ、ハナダさん」と先生に褒められた。

 

 黙っていようと思ったけど、やっぱり先生には全部話しておくことにした。

 

 焦げた臭いのするシナプス領域はわかる限り処理をした。すると香ばしい匂いがしたので光の筋を辿ってアーモンド型の球体へ入り青いカプセルをちょっと壊した。

 先生にそう説明すると、廃案にしたけれど側坐核の説明をしておいてよかったと言われた。「ちょっと壊した」というのがファインプレーだったようだ。やり過ぎると躁状態になり正常に戻すのがややこしくなるというようなことを言われた。

 

 スーンな彼女の手を離し「こっからが本番だから。がんばって」と言ってベッドから立ち上がると眩暈がしてよろけた。寝不足と緊張と長時間のトランス状態でおれの頭がヘロヘロになっているようだった。

 せっかく淹れてもらった紅茶は一口も飲めず、ダイニングと続きになっているリビングのソファで横にならせてもらうと電源がぷつんと切れるような感じですぐに眠ってしまった。

 

 

 起きたら窓の外は薄暗くなっていた。ダイニングの方を見ると行くとサクラさんが心配そうに「大丈夫ですか?病院へ行ったほうが…」と駆け寄ってきたのでソファから起き上がり「たぶん昨夜の寝不足なだけです」と笑って返事をした。

 

 飲みそびれた紅茶を改めて淹れてもらい、すげえいい匂いだなと思った。

 

「あなたが大活躍の後で倒れるのは仕様ですか?まったく、ぜんぜんしぶとくない!」

 

 サクラさんはツンデレみたいなことを言って笑っている。

 先生の姿が見当たらなかったのでどこに行ったのか訊くと、もう早速リハビリをしているようだった。見てきてもいいかサクラさんに尋ねると「じゃあ一緒に行きましょう」と言ってダイニングを出てスーンな彼女のいる部屋にいく。

 

 ドアを開けて中の様子を覗くと、先生と彼女が見つめ合っていた。

 思わず「え?」と声が出てしまった。ゆっくりサクラさんの方を見ると、案の定微妙な顔をしていた。振り向いた先生も微妙な顔をしている。なにこれ?修羅場?

 ひとまずドアを閉めてダイニングに戻ると、すぐに先生もやってきた。

 

 先生が言うには「自己を再構成」するために行うミラーセラピーの一環で、本来は鏡を使って「今、ここにいる」という感覚を強化するものらしい。

 彼女の場合まだ鏡を見ることに抵抗がありそうだったので、先生を見て他者を認識するところから始めていたそうだ。トランス状態から現実世界に戻るような作業か。

 

 誤解が解けたと思った先生は彼女のリハビリに戻っていった。

 思うところがあって事務仕事をしている年配の女性スタッフを見ると、口をヘの字に曲げて合図をくれた。やっぱりそうか。サクラさんの献身性には頭が下がるけど自分のことをもうちょっと考えた方がいい。ほっといたらややこしいことになる。

 

「おれさ、彼女の頭の中で負の感情が巡ってるの見て、それって彼女が発した言葉じゃなくてクソ野郎どもが彼女に投げつけた酷い言葉なんだなって思ったの。先生は自己嫌悪って言ってたけどそうじゃない。あれはこびりついた他人の悪意だよ」

 

「そうかもしれない。自己肯定感を他人の言葉で壊されたのかもしれないですね」

 

「うん。サクラさんも似たような経験したから、彼女を救ってあげたいって思ったんじゃない?よくわかんないけどそんな気がするんだよね」

 

 「えっ」と漏らしてサクラさんはおれの顔をまじまじと見ている。

 

「そしたらさ、彼女が感情を戻すときに先生が寄り添ってるわけだから、そんなの惚れちゃってややこしいことになるでしょ?そうなる前にちゃんと先生と話しなよ。彼女だって二人の関係がはっきりしてれば二度と道ならぬ恋には踏み込まないはずだから。恋は早い者勝ちってわけじゃないけどさ」

 

「なっ…ど、ど、どういうことですか!」

 

 サクラさんは頬を染めながら「なぜバレた」みたいな顔をしている。

 年配の女性スタッフを見ると満足げにうんうんと頷いている。バレバレじゃん。

 

「早まっておれと結婚しなくてよかったね。あの先生となら、ないなーってならないでしょ?とにかく気持ちを伝えなよ。あとデートのときに酒飲みすぎちゃだめだよ」

 

「ぷっ。なにそれお父さんみたい。()()ハナダさんにそんなこと言われる日が来るなんてね」

 

「おれ、年明けには向こうに帰れると思うんだ。だからサクラさんの花嫁姿は見れないけれど幸せになってほしい。その強い使命感を自分の幸せに向けてあげて」

 

「そう、やっと、ようやく家族に会えるんですね。よかった…よかったですね!」

 

 サクラさんがすごくいい笑顔を向けてくるので思わずハグをして喜びを分かち合おうとしたら警戒されたので、先生によろしくと言って握手して別れた。

 

 おれ、なんか臭うのかな…

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