第1話 異世界と海
とんでもない大海原に放り出されてすぐに溺れ死ぬとおもった。
最初の1,2分、手足をばたつかせて体力を消耗してしまった。
諦めるように手足をそよそよと動かすようにしたら、むしろ安定して浮くことができるようになった。ダウンジャケットを着ていたのは運が良かった。
むかし、ウエイクボードをやったときに覚えた救命胴衣を着ているときの浮き方を思い出した。あれはじたばたしない方が安定して浮いていられるのだった。
見知らぬ国のささやかな羽毛が、いまのおれにとっての救命胴衣だ。
少し落ち着いてもう一度辺りを見回すも、まあ海しかない。
太陽は昇るところか沈むところか割と低い位置にある。東も西もわからない。波間に揺られてくるくると回ってしまっているし。
まあ、方位がわかったところで陸地までどれだけあるのか。確か水平線だけになるまで岸から10km以下だった気がするけれど。どっちが岸なのか見当もつかない。
わかっていることを並べて状況を整理してみる。
ひとまず生きている。とおもう。
もしかしたら一度死んでしまってここに転生しているのかもしれない。
となると転生先が大海原ということは海賊王を目指す物語が始まるのだろうか。
ゴムゴムのあれが。異世界海賊王か。パクリも甚だしいな。
いやまて、ちゃんと考えよう。
トラックに轢かれたら黒い穴に落ちた。
王道展開ならトラックに轢かれて飛び出た先は、中世ヨーロッパのような街並みのはずで、剣や魔法で魔物を倒してたくさんの女の子に囲まれる物語が始まるはず。
あれはどうして女の子同士であまり嫉妬しないのだろうか。
女性は同じ男性を共有できないから女性用風俗が流行らないとどこかで聞いた覚えがあるし、ホストクラブなどで売上を競わせるようなやり方がまかり通るのはその独占欲がためだと、ネットかなにかで読んだ覚えがある。
なのに異世界では女の子が複数人でべたべたしているのはなぜだ?異世界の女の子だからか?だとすると異世界ではホストクラブは流行らないということなのか。
まあいい。ハーレム設定はどうでもいい。
異世界に召喚されたのなら教会やお城、若しくは生まれたての状態で意識が戻るはずなのだが、どういうことか大海原で中年のままなのだ。
しかも穴の中でチュートリアルというか新たな人生の設定を告げる存在に出会えなかった。あまりにも一瞬すぎたからなのか。
確かにおれは説明書を読まずにゲームを始めて初手で詰むタイプだけれど、そういう気質があるから大海原で詰んでいるのか?酷くないか?クソゲーじゃないか。
もしかしてこの大海原は異世界とはいえ陸地が出来上がる前の、惑星誕生すぐの時代なのかもしれない。でもそれって海底火山が噴火したら逃げ場がなくないか?
そもそも、そんな時代じゃ人間はいないだろうし剣も魔法も用なしだ。
ハーレム願望があるわけではないが生命がミジンコではハーレムどころじゃない。
あっ、エルフならいるのか?長命だし。とはいえ何千万年とか何億年も前からいるのかエルフって。森の民なのだから森がなければいない、民れない。
そういやさっきのトラック、いすずのエルフだったかな。いや、日野だったか。
配信サービスで異世界転生アニメはいくつか観たから、外で酒ばかり飲んでいる中年よりは異世界転生に驚かない心構えがある。
そういう意味ではトラックに轢かれたらこっちのもんのはずだろ?
そろそろ神様か女神か妖精が現れて救助してくれてもいいはずなんだが。
「キャー!ごめんなさーい!間違って昔すぎる世界に転生さちゃった!」
とかなんとか言って本来の世界へ、中世ヨーロッパへ再転移するんだろう?
なあ、するんだろう?
もったいぶるなよ…
ファンタジーな救援を待つも、ナニカが来る気配がない。
もしもおれがこの物語の主人公で、まかり間違ってアニメ化でもされたら、ずっと海の絵が写ってて独り言が流れるだけだ。朗読か。斬新だな。
制作するほうは楽でいいけど、観てるほうはつまんないだろうなあ。
早く女の子がワラワラと救援に来てくれないと初回切りとか言われてしまう。
そもそもラノベの段階で海に浮いてるだけって読んでてもつまんないだろうな。
それってただの中年のポエムだ。需要あんのか?ニッチすぎるだろ。
コミカライズも海の絵だけになるから絵にする必要なさそうだし。
せめてどんな話なのか、もうちょいヒントが欲しいものだ。
つうか、誰でもいいから早く迎えに来て…