その日の夕食は喫茶店で鍋をすることになった。そんな道具は一切なかったのでホームセンターでコンロや鍋を買ってきた。食材はクスメギが師匠と一緒に買い出しに行って、女性陣はアオイさんに能力のことを説明するために店で留守番だった。
買ってきた荷物を持って店に戻ると女性3人に「おかえり」と迎えられたのだけど、アサガオさんがちょうニヤニヤしている。ああ、これ絶対にメイさんのことだろうなとすぐに判った。なんならアオイさんの記憶を覗いている可能性すらある。
とりあえず無視してコンロとガスボンベをテーブルに置きに行くと「チューしちゃったのね」とアサガオさんに言われアオイさんを見たらぷいっと顔を逸らされた。
「プライバシーの侵害です」と言って用もないのにカウンターの中に逃げた。
少ししたら師匠とクスメギが帰ってきたので鍋の仕込みを始める。
師匠の指示に従い海老の殻を剥いて背ワタを取ったり、鶏のひき肉を卵と混ぜたりした。
クスメギは野菜を切っているのだけど、トントントントンと小気味いいリズムで包丁を使っていて、おれよりよっぽど料理ができそうのがそれだけでわかった。
30分ほどで仕込みは終わり、師匠特製の寄せ鍋がコンロの上に置かれた。
厨房でだいたい火を入れてあったので白菜が少し煮えたら皆で食べ始めた。
4人掛けのテーブルをくっつけて6人でつつく鍋はすごく楽しかった。
なにより師匠の味付けなので間違いがない。短時間で作った割に鶏の出汁が効いているし、海老団子なんてすり身のくせに丸ごとよりもぷりぷりしている。
人参だってクスメギが梅の形に切ったからアヤさんから褒められている。
椅子の背にもたれて十数センチ俯瞰で5人を眺め、きっついなあと思う。
こんな日が続けばと思わないわけがない。
こっちの世界に来てからたったの2年間でいろんな人の生き方や生きる場所をそれぞれが変えるような人生の転機に立ち会っているなと思う。クスメギあたりは強引に背中を押したけれど、だいたいが自分で決めて新しい道を歩き始めている。あいつなんかまさかこんな田舎で飲み屋の黒服になるだなんて思ってもなかっただろうな。
みんなそれぞれに旅立っているんだ。次はおれの順番ってだけの話だ。
感傷に浸っているとアサガオさんが「エルリカはいまハワイ本島にいるわ」と唐突に重大な情報を提示してきた。
白菜かなにかをハフハフともぐつきながら。あまりに世間話のようなトーンでそう言われれ最初はピンと来なかったが、ようやく聞きたかった話が聞けると安心した。
「年明けにカウアイ島に移動するんですかね。見失ったりしませんか?」
「いつ島を渡るか今はわからないけれど、見失いはしないわ。プロが姿を隠して張り付いているから。それに機械的にも監視しているから」
「ミャンマーにいる子供さんとアサガオさんは繋がっているんですか?」
「あら、随分と察しが良くなったじゃない。きっと彼女にも子供がいるだろうってドイツからの痕跡を辿っていったらタイミング的にはギリギリで彼女の娘に会えたの。それでエルリカには悟られないぐらい弱い繋がりを彼女との間に結んだのよ」
「エルリカさんて今何歳でしたっけ?120歳ぐらいじゃありませんでした?よくそんな大昔に家出した人の痕跡を辿れましたね」
「そうね、だいたい120歳ね。出奔したのはおそらく100年ほど前ね。でもそれだけ生きていると白人自体が珍しい地域にも立ち寄るでしょう?その辺で戸籍がない人間や母子戸籍が不整合な人物を重点的に捜索したらミャンマーで彼女に行き当たったのよ。ちなみに彼女はもうすぐ80歳よ。病気でもう長くなさそうだった」
妊娠していれば最短でも半年ぐらいは留まることになるから、そこで調査すれば地理的に容姿が浮いている場合は痕跡が残るってことか。なるほどな、プロの仕事って感じ。
「それでエルリカさんと繋がっている娘さんから情報を聞き出したんですか?」
「ええ。彼女も母親に会いたがっていたけれど長旅はできないし、仮に目の前に小娘が現れても母親だなんて信じないでしょうね。身につまされる思いだったわ」
「それでおれは年が明けたらハワイに飛んだとして、その監視している人たちには接触できるんですか?それとも情報を貰って自力でどうにかする感じですか?」
「そんな自力でどうにかしろだなんて酷いこと言わないわよ。あなたにはあの子に会って伝えて欲しいことがあるから、これはわたしからの依頼でもあるの。だからちゃんと会えるところまでの準備は整えておくわ。案内役にも話を通しておくから」
「ありがとうございます。自力で準備するってなると今年のうちに飛んだ方がいいのかと思ってました。土地勘はないし言葉も英語はまるでダメなので。ははは…」
「そうね年が明けて7日ぐらに日本を発てば丁度いいぐらいじゃないかしらね。向こうで準備をして1週間後に山頂ね。エルリカは年明け早々に山に入るはずだから」
具体的な日付の話が出てくると、いよいよ元の世界に戻ることが現実味を帯びてきたと、嬉しいような焦るような気持になる。
「本当に行っちゃうんですね。頭ではわかってるつもりでもやっぱり寂しいなー」
「いや、まだ2週間あるからね?いまお別れモードになっちゃうと明日から恥ずかしいから。年末の仕事納めぐらいのときまでそういうの取っておきましょうよ」
「そうね。年内の営業をいつもより1日早めて29日にして30日にハナちゃんの送別会をやろうかしら。サトルさん、いまから予約できる広いところあるかしら?」
「割烹も温泉旅館も今からだと厳しいな。それこそ葬儀場なら抑えられそうだけど」
「いや、そういうのやめましょう?オンナのコにしてみればおっさんのドライバーが辞めるだけですから。辞めてどうするとか訊かれても返事に困るし。営業も例年通りで稼ぐだけ稼ぎましょう。アヤさんの気持ちはしっかり受け取りましたから」
休みに入ったのに動員かけられるオンナのコたちに恨まれながら辞めたくない。