12月の後半は怒涛の忙しさだった。連日連夜いっぱいお客さんが来て週末は延長をお断りする場面が何回かあるぐらいだった。
初来店で場内指名をもらって次に来た時に本指名になるパターンが短期間で発生して、怒られない程度に本指名客から抜いたりしながら付け回してどうにか凌いだ。
そこまで客が入るとオンナのコが足りず、タケコちゃんの出番もそこそこあった。そんなときはシズカさんの席に付けていたのでタケコちゃんからは全く文句を言われなくて済んだ。
喫茶店の方は契約書類なんかはまだ手続きをしていなかったけれど、師匠とアサガオさんがホテルから出勤してきて店を開けていた。といってもアサガオさんはふらふらと気ままに出歩いていて店にいることはあまりなかった。どこまで歩いていくのかわからないけれど、白菜とか大根とか貰って帰って来ることがあった。
1月7日のホノルル行きの航空券はもう買った。車はクスメギに譲渡という形で書類を用意して渡してある。年が明けたらあいつが安協に提出する手筈になっている。
口座の金はアオイさんの新しい店の軍資金に充ててと言ったらアヤさんに断られた。ついでにクスメギにも舐めるなと怒られた。なんで?綺麗な金だよ?
だったらサクラさんのNPO法人に寄付することにした。サクラさんは遠慮がちにありがとうと言って受け取ってくれた。手元には150万ぐらいの現金を残した。
寄付の翌日、サクラさんとふんわりパーマのかわいらしい女性が二人で笑っている画像が送られて来た。パーマの人はよく見ればスーンの彼女だった。日常生活まで一ケ月はかかるって話だったのにすっかり見違えるほどに回復していた。
彼女はいまNPOで請け負った英語の翻訳業務に従事しているらしい。翻訳作業自体はあまり回復に関係ないみたいだけど、社会に貢献しているという感覚が得られることが彼女の生きる糧になっているようで、順調に回復しているようだ。
で、サクラさんに先生には告白したの?とメッセージを送ったら既読スルーされた。まだなんだ。
数日後、先生とお付き合いすることになったというメッセージが返って来た。ギリギリセーフって感じだ。年配のスタッフさんも胸を撫で下ろしていることだろう。
タイミング的にクリスマスに告白とかしたのかもしれない。
アオイさんの店は色恋をウリにしていないのでクリスマスイブなんかも特にどうということはなく、年末の営業日のうちの一日という感じで過ぎて行った。
出発の準備も着々と整い、30日の年内最終営業日を迎える。
開店前のミーティングで「短い間でしたがお世話になりました」とみんなに告げた。
一人一人に声を掛け、最後にアオイさんに「アオイさんがかわいくあろうとすれば店は安泰だと思うし、いつまでも素敵な人でいられると思う」と言うと「がんばるね」と言ってくれた。湿っぽくならずに挨拶が済ませられてホッとした。
最終日は満席だったけれどもう会社や団体の忘年会ではなく個人個人の流れのようで、常連さんばかりで緩い感じだった。見知ったお客さんにも「お世話になりました」と退店の挨拶をしつつ、いつもより1時間早い23時におれの黒服稼業が終わる。
店を閉めたらスタッフ総出で店の掃除をして、済んだらオンナのコを送っていく。
車内は疲れ切って静かで「おつかれさまでした」とか「良いお年を」と普通の挨拶をしてみんな降りていった。やっぱり送別会とかしてもらわなくてよかった。
去年の正月はボルチモアで迎えたのでコタツを用意していなかったけれど、今年は日本の正月なのでコタツを買ってきた。たかだか1週間程度の正月気分のために。
コタツに潜り込んでパウラさんは元気かなーとか思っていたら眠ってしまった。
夜中に喉が渇いて目が覚めた。水を飲んでシャワーを浴びてベッドに入る。
すごく静かだ。冷蔵庫のモーター音がうるさいぐらいに感じる。あと1週間、部屋に篭ってたら気が狂うかもしれないなと思った。車で旅行にでも行こうかな。
大晦日、去年はパウラさんと年越ししたなあと懐かしく思う。パウラさんじゃなくてあれはサヨさんだったのか?ボルチモアでのお別れがあんなだったから連絡するのは気が引ける。というかサヨさんの不在を彼女の口から聞かされるのに耐えられそうにない。
忘れないなら生きているだなんて自分に言い聞かせたけどいないものはいない。
ん?ちょっと待てよ。ホテルで二人を分離した後、サヨさんはずっとおれの傍にいたのか?モンテビデオでパウラさんの傍にいたんじゃないのか?
アサガオさんが言うには電子の塊だから移動は一瞬だって。だとしたら、たまたま検査の時におれの傍にいただけで基本的にはパウラさんの傍にいたとすると、ループして戻った世界のサヨさんはパウラさんの傍にいるんじゃ?
いまが午前11時だから向こうは23時。まだ起きているはず。
ウルグアイの国番号を調べて携帯でパウラさんにコールする。出ない…
もう一度かけてみたけれど繋がらなかった。夜勤で携帯がロッカーに置いてあるとかそういう感じかも。向こうから折り返しの連絡があるのを待つしかない。
―――――
誰も訪ねて来ないし、なんの連絡もなく静かに年が明ける。
まるでもういなくなったように、誰からも連絡はなかった。
まだ時間は少しあるのだから普通の付き合いを継続してもいいのにと思ったが、自分からなんのアクションも起こさないのにそれを望むのは、どれだけカマってちゃんなのかと苦笑いが出る。ダセえ。すげえダセえ。
元旦、10時ぐらいに起きて餅をオーブントースターで焼いて食べた。
初詣をどうしたものかと思ったが、こっちの神社でお詣りしてもあっちの神社には関係ないというかご利益あるのか?と思い始めて面倒くさくなった。
テレビもないしやることもなかったので、下に降りて喫茶店を開けてみた。
カウンターの中でネットニュースなんかを見ながら暇を潰していると、15時頃に帰省してきた大学生っぽい男の子が2人で来店し、珈琲を飲んで何本か煙草を吸っていった。この日の客はその2人だけだった。
夜になり部屋のコタツに寝転がってうとうとしていると、アサガオさんと師匠が尋ねてきた。新年の挨拶を交わすと顔を見に来ただけだと言って部屋にも上がらず、すぐに帰ってしまった。
よく考えたらあの2人にも二度と会えなくなるんだと気付いて急に寂しくなった。
そこで初めて、おれはこの世界を立ち去るのが寂しくて仕方ないことを自覚した。
それを口にするのはとても恥ずかしく、40歳もいくつか過ぎたおじさんの言うセリフではないと思ったので、自分でどうにかしないといけないなと思った。