結ぶと解く   作:ながずぼん

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第203話 転居と訪問

 4日、昼間は山の方へ行って誰もいないのを確認して空間を歪ませる練習をした。

 捻じる力は増しているような気がするけれど、空間を破って穴を開ける理屈がぜんぜんわからなかった。イメージ的には膜を引っ張って破る感じなんだけど、操作できる腕が1本しかない感じだから両側に引っ張ることはできなかった。

 

 陽が翳って寒くなってきたので部屋に戻る。今日からアヤさんの店の営業開始ということで寂しさを紛らわすために客として突撃しようと思っていたのだけど、クスメギたちのマンションで泣いてすっきりしてしまったので辞めておいた。

 店長やパイセンたちには世話になったお礼が言いたかったけれど、寂しい中年がそれを口実にやってきたとクスメギに思われたら何も言い返せそうにないので大人しく部屋にいることにした。

 

―――――

 

 5日、荷物を持ってアサガオさんと師匠が部屋に来た。機会を逸して説明をしないままでいた手提げ金庫の隠し場所を教える。シャワールームの天井点検口の上。ネジを回すところに透明なテープを張って油性マジックで細い線を開封の目印に描いてあるので、誰かがそこを開けたかどうか一発でわかる。

 蓋を開けて金庫を取り出して中身を確認する。京都から持ち込んだときのまま、輝く大量の粒と赤、紫、緑、の大き目の石がキラキラと光っている。

 

「あなた本当にこれ持っていかないの?向こうの世界ではお金に困るような生活はしていないのかしら?」

 

「裕福じゃないしお金に困ることだってありますよ。でもこれに頼ったら真面目に働かなくなるからいらないです。そんな親父じゃ子供に胸張って物言えなくなりますから」

 

「ふうん。そんなものかしらねえ。じゃあ、2粒だけ持っていって。わたしとタダヒトさんだと思って。それなら売ってお金に変えられないでしょう?ふふふ」

 

 アサガオさんはそう言ってデカめのダイヤモンドを2粒おれに渡してきた。

 彼女は自分用に何粒か小さめのものを取って、金庫を元の場所に戻すように言う。

 椅子を取ってきて点検口から天井裏に金庫を置いて、ドライバーでロックしたらテープを貼って目印を付けた。

 

「それで荷物を持ってきたってことは、今夜からここで寝るってことですか?」

 

「そうよ。もうチェックアウトしてきちゃったもの」

 

「してきちゃったって。ベッド1つしかないしコタツあるから布団敷けないですよ?」

 

「今夜だけだもの、どうにかなるわよ。ねえ、タダヒトさん?」

 

「そうですね。私はコタツで寝ますから二人のどちらかがベッドで寝ればいいですよ。二人がベッドで寝るのは勘弁して欲しいですが。ははは」

 

 いや、はははじゃねえよ。そんなことしたら明日の朝には冷たくなってるはず。

 

「じゃあ狭いけど二人でベッド使ってください。おれがコタツで寝ますから」

 

 そう言うとアサガオさんは「あら、悪いわね」と最初からそうなることを読んでいたように寝床問題はあっさり決着がついた。

 

 昼飯は喫茶店に行って師匠のガレットを食べさせてもらいながら、エルリカさんが遂にカウアイ島に渡ったと教えてもらった。彼女に張り付いていた「人探しのプロ」も後を追ってカウアイ島へ。

 空港の監視カメラなどでまだ山には入っていないのを確認できているという。島の北側にあるポリハレの伝承のあるビーチ近くにいるそうだ。

 7日にハワイへ渡った後の準備もしてくれているらしく、ホノルル空港へ迎えの人が待っていてくれるらしい。すぐにカウアイ島に行って翌日から登山の準備をして、9日から登頂開始になるそうだ。かなり険しい道のりになるらしく、靴や着るものはこっちで準備していったほうがいいとのことだった。

 明日、東京へ行ったら登山の店で店員さんと相談して一式買い揃えることにした。

 

 師匠に晩御飯も作ってもらい3人でコタツで食べた。せめて後片付けだけはおれがやった。食後はアイスを食べたりしながらアサガオさんの昔話を聞いた。

 明日でお別れということを意識してなのか、彼女はいつにも増して饒舌で0時過ぎまで話が終わることはなかった。師匠は途中で横になって寝落ちしていた。

 

 話終えるとアサガオさんは「シャワー入るわね」と言って、丸見えなところで服を脱ぎ始めた。堂々とした脱ぎっぷりで。

 この部屋には脱衣所というものがない。ガランとした部屋の隅にシャワーブースがあるだけだから。いくらおばさん化したとはいえ、これは師匠に殺されると思い「し、下に行ってるから!」と言って喫茶店に避難した。

 

 喫茶店の電気を点けて機械で珈琲を淹れ、アサガオさんがシャワーを浴びて着替えるまで30分みとけばいいかなと思っていると、カランカランと誰かがドアを開ける音がした。師匠かな?と思ってドアの方を見ると、アオイさんが立っていた。

 

 「あれ?どうしたの?」と声を掛けると「明かりが点いていたから営業してるのかと思って」と恥ずかしそうに彼女は言った。

 そんな顔してたらなにかあったことぐらいおれでもわかる。

 「何か飲む?珈琲ぐらいしかないけど」と言うと「ううん。ハナさんの顔見たらなんだかホッとしたから。帰りますね」と全力で遠慮している。

 「送っていくから待ってて。上着取ってくる」返事も訊かずアオイさんを店に残して部屋に戻る。アサガオさんはシャワーに入ってる。師匠はコタツで寝てる。

 適当な紙に「ちょっと出掛けてきます」と書き置きを残して喫茶店に戻る。

 

 「お待たせ」と言って喫茶店の戸締りをしてアオイさんと一緒に駐車場まで歩く。

 「店は昨日から?」と訊ねると「はい。昨日は大丈夫でしたけど今日はタケちゃん一人じゃ回しきれなくて、お客さん怒らせちゃって」と項垂れていた。

 元気がないのはこれか。確かに宴会シーズンをボーイ1人ではきついだろう。

 

 車に乗り込んでアオイさんの家に向かう。走り出して割とすぐに「あの、どこか寄り道してもらえませんか?どこでも構わないので」と怪しいことを言われた。

 燃料は満タン近くあるけど、星空の山は冬季閉鎖中だし、寄り道っていってもコンビニかファミレスぐらいか。据え膳ナントカならラブホ一択なんだろうけど。

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