結ぶと解く   作:ながずぼん

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第204話 埠頭と演技

 とりあえず車を走らせながら寄り道について考えて、星が無理なら海か?と思う。

 「アオイさん明日は昼間になにか用事あるの?」と訊ねると「え?別にないですけど」との返事だったので「じゃあ朝帰りになるけどいい?」と言うと「は、はい」ともじもじしている。

 「セックスしないよ?」と笑って言うと「知ってます」と彼女も笑った。

 

 インターから高速に乗って名古屋方面へ。海を目指すのはいいけど道がわからないので乗ってすぐのサービスエリアに寄ってナビに埠頭を地点登録をして、ついでにコンビニで飲み物を買う。カフェオレを両手で飲む彼女は本当にかわいいのだけど、どうしてフラれちゃったのだろうか。本心が読めない感じがするからかな。

 

 出発して長いトンネルを抜けたあたりから、アオイさんの恋愛観の話になる。

 彼女は既婚者としか付き合ったことがないそうだ。「なにかそういう隙があるんですかね」と寂しそうに笑うので、明らかに誘い受けだよね?思ったり。

 この前別れた彼も既婚者のお客さんで、向こうが本気出してきたのでほんのり距離を置いたら彼の方が耐えきれずに別れ話を切り出してきたそうだ。

 「私、結婚して欲しいとか思ってないのに」と不服そうに言う。「彼氏になる人にはどうして欲しいの?」と訊ねると「ただただ甘やかして欲しいです」と言う。

 そういう意味では対等な関係で想いをぶつけ合うような彼氏は不要なんだな。

 

 アオイさんの恋愛話を聞きながら名古屋港のガーデンふ頭に到着する。

 駐車場が閉まっていたので路肩に車を停めて海の方へ歩いていくと、アオイさんが腕を組んで来た。そのまま柵のところまで歩き、展示されている南極観測船を眺める。白とオレンジに塗り分けられたそれほど大きくない船。これで遥か遠くまで旅をしてきたんだ。見た目より強いんだなと思った。

 ちょっと寒いし風も冷たいので移動することにして水族館へ繋がる橋へ上がる。

 橋の真ん中の少し広くなっているところで対岸を眺める。向こうに見える工場の明かりがスチームパンクっぽい。思ってたような静かな海って感じじゃなかった。

 

「私、自分から男の人を誘ったことがないんですよ。だいたい向こうから口説いてきて、私が決めるんです。なのにハナさんは、こんなにアピールしているのに全然その気になってくれないですよね。自信なくしちゃうなー」

 

「アオイさんは匂わせてくるけど、キョウコちゃんの気持ちはどこにもないからね」

 

 なんとなくそれっぽいことを言ってみただけだったのだけど、アオイさんには相当なダメージが入ってしまったようだ。黄色のゲージが一気に赤まで減った感じ。

 使い分けていた店の顔が別人格として定着して支配を強めているとか、そんな感じなのだろうか。とにかく彼女はそれから考え込むように黙ってしまった。

 

 「風邪ひきそうだから帰ろうか」と言って来た道を戻り車に乗り込む。

 まだエンジンにいくらか熱が残っていたようでヒーターはすぐに暖かい風を吹き出してくれた。まじで熱出して千載一遇のチャンスを逃したら死んでも死にきれない。

 すぐ近くのコンビニで珈琲を買い、アオイさんにはココアを買って渡した。

 温かくて甘いものを飲んだらアオイさんは少し復活した。正気に戻ったというか。

 

 帰り道は店の話をしながら高速を走った。当面は新しいボーイが入るまでタケちゃんとアオイさんで回していくしかないだろう。「オンナのコとボーイって募集したときにどっちの方が早く獲れそうなの?」と訊ねると「それはオンナのコですよ」とのこと。

 だとしたらユヅキさんに黒服を着せてはどうかと提案した。おれがやってた仕事をタケちゃんがやって、タケちゃんのポジションにユヅキさんなら回るだろうし、ヘルプが必要なら黒服のまま席に座らせればいい。アオイさんはふむふむと頷いて「検討してみる」と言った。

 

 インターを降りてアオイさんの家に向かう。家に着くと庭先で「ハナさんがいなくなるの本当に心細いです」と言われた。「新しい店のためにも頑張って」と返した。

 

「最後に、ぎゅってしてもらえませんか?そうしたら頑張れるから」

 

 乙女な顔で乙女なトーンで恥ずかしそうにそう言われトゥンクしてしまった。

 シートベルトを外して身体を捻ってぎゅっとハグした。

 身体を離すと「短い間だったけれど、本当にありがとうございました」と彼女は深々と頭を下げた。「こちらこそ、お世話になりました」と言って頭を下げた。

 

 助手席のドアが閉まる直前「キョウコちゃんの幸せにも目を向けてあげて」と言うと「…はい」と照れた返事を返してバタンと彼女はドアを閉めた。

 

 車を駐車場に戻して部屋に戻る。まだ暗いけれどもうすぐ6時。階段を上っている途中で二人が部屋で寝ていることを思い出し、そろりとドアを開けると、二人ともコタツに入って話をしていた。そしてアサガオさんがニヤリと笑ってこちらを見た。

 

「あらあら、最後の最後で朝帰りだなんて、今夜はいい思い出になったのかしら?」

 

「あの、世の中そういうのばっかりじゃないと思いますよ。海を見てきただけです」

 

 すぐにでもベッドに入りたかったが、このおばさんが寝かしてくれそうにもないので話をするためにコタツに入ると、彼女は顔を寄せてくんくんと匂いを嗅いできた。

 

「どうしてこんなに香水の匂いがするのかしら?女性が近くにいるだけでこんなに匂いが移るものなのかしら?だとしたらごめんなさいねタダヒトさん」

 

 そう言われたタダヒトさんは孫を見る目で黙っておれを見ている。

 追及は始まるだろうけど隠すことでもないので今夜の一幕を話して聞かせた。

 するとアサガオさんはさして驚いた様子もなく追及もなく、つまらなさそうな顔をした。そしてアオイさんの脳内に記憶を植え付けたときのことを教えてくれた。

 彼女の脳には空き容量のようなものが結構あるそうだ。それはパソコンのメモリみたいなものなのかと訊ねたら、人間の記憶と使用方法はそんなふうになってなくて、情報は圧縮してあり都度引っ張り出してくる感じなんだそうだ。頭がいいというのは圧縮の効率が良くて、引っ張り出してくる精度が高いことを指すそうだ。

 

「彼女みたいな人は情報処理の後で感情が追い付いて来るから、嘘は言っていないのに嘘っぽく聞こえてしまったり演技みたいって思われてしまうのよね」

 

 アオイさんからは嫌なプライドや征服欲のようなものは感じなかったけれど、計算高さを感じていたのは、実際に彼女の感情が後追いでまず初めに最適解を演じていたからだった。なんだか本当にアオイさんとキョウコちゃんと二人がいるみたい。

 

 話が済んだら空いているベッドで仮眠を取る。あと数時間でこの街ともお別れ。

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