結ぶと解く   作:ながずぼん

210 / 254
第209話 転職と能力

 ヨハンソンの世界を股に掛ける対テロ組織の話を聞いている。秋からはパリの同時多発テロの緊急支援ということでブリュッセルにいたそうだ。なにをしていたのか聞いたけれどいよいよ難しくて理解できなかった。ただただ、彼は凄いと思った。

 こんな奴が味方だったから麻薬を横流しするような小物におれたちが捕まえられるわけがなかったのだと納得した。

 

「どうしたんですか、ハナダさん。やっぱり私の話は地味でつまらないですか」

 

「そんなことない。何をしていたのか理解はできないけど、ヨハンソンがすごいのはわかった。世界のために働く男をこんなおじさんの個人的な用事で現場から離しちゃってるんだから、おれ上司の人とかに怒られちゃうよ」

 

「あはは。いま私が全力で働けているのはあなたのおかげですよ。休暇を貰いに上司と話をしたら、しっかり役に立ってこいと送り出されましたし」

 

 ヨハンソンが怒られないなら安心した。彼の病気をどうにかしたことが世界平和の役に立ってると思うと、三段論法だけどちょっと誇らしいかな。

 飲み物が空になっていたので一旦中に入ってそれぞれが飲み物を取ってくる。

 

「じゃあ次は私の番ですね。私は3人の中で一番環境が変わりました」

 

 アドラさんはそう言って、ヒューストンから別れた後の話をし始めた。

 あれからクインシーのベンジャミンの農場へ行って数日過ごした後、母方の親戚を訪ねてロンドンへ行ったそうだ。彼女の母親はイギリス系インド人なのでアドラさんは、アメリカ、イギリスの二重国籍を保持しているそうだ。

 それが大きな転換点となったと彼女が言うと、おれはさっぱりだったがヨハンソンは何かに気が付いたようで「それでNSAの復帰を断ったのか」と言っている。

 「え?断ったの?」と訊ねると「はい、私は分析よりも現場の方が向いているとタラハシーで自覚しました」と言って微笑んでいた。

 

 ロンドンで従姉妹と休暇を過ごしていた彼女に訪れた転換点とは、地下鉄駅での殺傷事件だったそうだ。地下鉄駅で突如男がナイフを振り回し無差別にその場にいた人たちを襲った場面に遭遇したアドラさんは、暴れている男がいるにも関わらず被害に遭った人の救助を行ったことで、とある組織に目を付けられた。それは「Secret Intellignece Service」通称SISだと言う。

 

 それを聞いたヨハンソンがにやりと笑うけれど、おれはシークレットサービスみたいなものだと思い「警備会社に?」とアドラさんに訊ねると、「古い言い方をするとMI6です」と銃口の内側から見たタキシードの男がこちらに拳銃を向けているポーズをとった。それって「ボンド、ジェームス・ボンドじゃん!」と驚くと彼女は嬉しそうだった。

 

 かくしてMI6にスカウトされた彼女はNSAの委託企業を辞め、かの組織の試用期間に入る。ミシュラ家にはすでにスティーブン・セガール叔父さんがいるので、どんな派手派手アクションが飛び出すのかと思いきや、テロリストの作戦と潜伏場所を暴く作戦に配属され、通信分析と潜伏現場での監視を併用した業務を行っていたそうだ。

 確かに分析官としてエリートコースを歩む彼女だったのだから、その能力を使わない手はない。けどMI6なんだからお色気と銃撃戦を期待してしまっていた。

 

「アジトの近くで監視をしていることが露呈しそうになった時に、空港で見せた能力を獲得しました。ミツルにはやっぱり通用しなかったけれど。ふふふ」

 

「私が気が付かなかったのは、例の素粒子の能力を使ったということなのか?」

 

「ふふふ。マムの系譜に連なるこの能力のこと、私自信に発現したことでより深く理解できました。意思の力が物理法則を伴って結果を生むということ。他人から見れば魔法ですが使用者にとっては説明可能な物理現象です」

 

 アドラさんはそう言って、監視がバレそうになった際に「私を見つけるな」と強く思って発現した能力について説明してくれた。

 アサガオさんが使う対象者の記憶を読みメッセージを届ける能力が海馬や前頭前野からのダウンロードやそれらへのアップロードだとすると、アドラさんのそれは対象者の脳内に干渉し彼女をステルス化する能力だった。

 

「私を見つけるな」という意思が結ぶ素粒子と結合し対象者の脳内で局所的な共鳴を起こす。偏桃体で危険を認識させず、前頭前野に記憶をさせず、視床にも作用し脳内の他の部位にも存在を意識させない効果だと説明されたが、いまのおれはなんとなくイメージできた。それを二人は「理解できたの?」と驚いていた。中年なめるなよ。

 

 ヨハンソンが彼女に気付けず、おれの頭の中に火花が散ったのはそういうことだったのかとリフエ空港での出来事を思い返していた。

 さらに彼女はこの能力を有効活用するため、ペンダントトップに水晶を嵌め込んだネックレスをしていた。おれが壊してしまったやつだ。

 水晶は圧力を加えると微弱な電流を発生させ、それがアドラさんの生体電磁場と共鳴しやすくなる。さらに特定の周波数において水晶は安定化の役割を果たすらしく、彼女はペンダントトップを握ることでステルス化の効果を単体ではなく霧状にして放つことで彼女を中心とした半径2m程度の人間の認識から外れるそうだ。

 

「この水晶もなんでもいいわけではなくて、少し特殊なものなんです。任務で使っていたものはこぶし大だったけれど、ミツル相手ではコストが高すぎるからこれにしました」

 

 アドラさんは壊れた水晶がいまにも取れそうなネックレスをおれに見せてきた。

 

「それ、もしかしておれが勝手に弾く能力で逆流させたから壊れたの?」

 

「はい。アーリントンでマムが、使い慣れていない能力であなたの頭を覗くと危険だと言っていました。だから逃げているときは能力のことを考えないようにしました」

 

 二人の話を聞き終える頃、陽が落ちてきて少し暗くなり始めていた。

 テラスから見える東向きの海は夕日の反射を受けて淡いピンク色に染まっていた。

 

 おれの近況報告の前にスーパーへ晩飯と明日の朝食を買い出しに行くことになる。

 晩飯を食べながらリラックスして聞きたいんだそうだ。

 とはいえ二人の世界を股にかける活躍に比べると店の話がほとんどだから恥ずかしいぐらい平和な話になっちゃうんだけど。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。