結ぶと解く   作:ながずぼん

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第212話 接触と激辛

 日本にも諜報機関に準ずる組織はあるのだという。内閣情報調査室という部署で、主に政策決定に必要な情報の収集を行うという名目で動いているらしい。

 日本人のおれが知らなくてアメリカ人だったアドラさんに説明されるの、THE平和ボケって感じがしてちょっと恥ずかしい。

 

「へえ、そんな部署があるんだ、知らなかった。で、彼女はそこに所属するスパイってことなの?」

 

「おそらく。飛行機で接触してきたのも、ここをチェックしているのも、ミ…お兄ちゃんの動向を探るためでしょう。もしかしたら脅威に思われているのかも。うふふ」

 

 そういえば飛行機の中で「あなたは一体何者ですか?」って訊かれたな。あのときお茶を濁したせいで自分で調べに来たのかな。おれの正体が知りたいのなら、ここに来るよりハナザワさんから聞いた方がよっぽど早いし正確なのに。

 

「脅威ねえ…おれよりアドラさんやヨハンソンの方がよっぽど日本にとっちゃ脅威だと思うけどね。認識阻害するスパイとか手が付けられないじゃん」

 

「ふふふ。ミツルには通用しないじゃないですか。さすがお兄ちゃんです」

 

 それ以外のところがてんでダメダメなんだから胸を張れないんだけどな。

 とにかく次に別荘にイチカワさんが近づいたら接触して真意を聞き出すようなことをアドラさんは言っているので、国際問題にならないようにしてくれとお願いした。

 

 ヨハンソンが昼前に戻る予定で、きょうは昼食が済んだら登山ルートの確認をして明日に備えて休むだけだという。

 ブリーフィングが済んだらせっかくだからビーチに行ってもいいか尋ねると、みんなで一緒に行くことになり、ヨハンソンにやらせるつもりだったという昼食の準備をアドラさんと早めに始めることになった。

 

 アドラさんに普段から料理をしているのか尋ねると「ほぼしない」ということだったので、煮炊きは避けてぜいぜい焼くだけのメニューにしようと思い買い込んだ食材を確認して、昨夜の残りの肉と野菜を適当に組み合わせてサンドイッチにすることした。

 野菜を切って肉を薄切りにして焼いてパンに挟むだけ。基本的にマヨネーズ味にしたのだけど、肉にスパイスを効かせたいと思いアドラさんに相談するといいものがあると「Ghost Pepper Products」と書かれたタバスコのようなものを渡される。

 6つあるサンドのうち3つの肉に味見もしないでふりかけて、手に付いたものを舐めてみたらベロが痛くなる辛さだった。

 注意喚起のため、それが入っているサンドには楊枝を刺しておいた。

 

 サンドイッチが完成した頃、ヨハンソンが戻ってきた。イチカワさんを連れて。

 

「おはようございます。ようやく起きてきたんですね、お兄ちゃん」

 

「おはよう。おまえに夜這いされなかったからしっかり眠れたよ。ところでどうしてイチカワさんと一緒なの?」

 

「あ、あの…、来月迎えるゲストのためにカウアイ島のコンドミニアムを視察していたんです。そうしたら声を掛けられて、一緒にお昼をということで…、お邪魔ですよね?」

 

 イチカワさんはそう言い訳をして逃げたがっているけど、それは無理だろう。

 アドラさんが無言のままものすごいジト目を彼女に向けている。圧がすごい。

 

「別荘を覗いている人影があったので警戒しつつ近づいたら彼女でした。DCの日本大使館で敵対したような格好でしたから、ここで和解をしておこうと声を掛けさせてもらったんですよ。我々は日本と敵対するつもりはありませんから」

 

「そういうことなんだ。じゃあ折角なので一緒に昼飯でも食べて行きませんか?」

 

 真意を図るために精一杯のフレンドリーさで昼飯に誘うと、イチカワさんは逃げられないと悟ったのか大人しくテラスのベンチに座った。

 

 キッチンから飲み物とサンドイッチをテラスに運ぶ。激辛注意の楊枝は引き抜いてどれがどれだかわからないようにしておいた。

 すぐにもう2個作るから先に食べててと言って、ちゃちゃっと作る。もちろん激辛ソースなど振りかけない。辛い物は好きだがあれは辛いのではなく痛いものだ。

 

 テラス席に自分のサンドを持っていくと、アドラ軍曹からイチカワさんが問い詰められている様子だった。サンドには手が付けられていないし、ヨハンソンが「やれやれ」というポーズを向けてくる。

 

「ちょっと、誤解を解くために一緒に飯食うんじゃないの?二人とも落ち着いて?」

 

「この女がミツルを誘惑しに来ていることは間違いないです。私は妹として見え透いたハニートラップを阻止しているだけ」

 

「そんなつもりはありません!だとしたら飛行機の中でモーションかけています。そんな素振りはありませんでしたよね?ハナダさんからも違うって言ってください」

 

「アドラさん、彼女はハニートラップなんかしてないよ。ただ、別荘の様子を窺っていたのは内閣情報なんだっけ?の仕事でしょ。飛行機の座席が隣だったのも偶然じゃないんでしょ?」

 

 面倒くさいのでストレートにそう言うと彼女は「なっ…」と図星のようなリアクションをした。ヨハンソンは「おっ」と感心したような顔を向けた。とはいえ彼女の正体を見抜いていたのはアドラさんなんだけど。

 当のアドラさんは未だハニートラップだと思い込んでいるのか睨みつけている。

 

「あなたの所属がどうあれ、おれたちは敵対するつもりはないですよ。お腹も空いてるでしょうからご馳走ではないけれどサンドイッチ食べましょう」

 

 そう言って空いているイチカワさんの隣に座りつつ、目を凝らして確認した楊枝の跡があるサンドを彼女に渡す。おれは毒見とばかりに後で作ったものを一口食べる。

 ヨハンソンとアドラさんもサンドを取り一口齧ると、イチカワさんも齧った。

 

 彼女は「カハッ」と咽た後ゲホゲホと盛大に咳込んで真っ赤な顔になった。

 ヨハンソンもアドラさんも平気そうだ。当たりを見極めたのか辛いものが平気なのかわからないけれど、普通にもぐついている。

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