ガイドのおじさんに続いて滝の左岸のルートから登る。登り始めに「慌てないで慎重に」と下からヨハンソンが声を掛けてくれる。
岩をよじ登るわけだが一応岩の段差や掴める木の根があるので、どうにか登っていける。あとはフェルトタビのグリップ力がすごい。ぎゅって感じで足が掛かる。
掴む岩が濡れていたり草や苔が邪魔だったりしたが、なんといったらいいのか、まるで正解のあるゲームのように、よくよく探せば手や足の掛かるところはある。
じっくり慎重によじ登って滝を制覇してやった。とはいえまだ序盤らしい。
アサガオ、エルリカ母娘はどんだけ山の深いところが好きなんだよ…
滝の上で、登って来るヨハンソンの様子を見ていると、あっという間にテンポ良く登ってきた。あいつ本当に内勤なのか?レンジャーとかになれるんじゃねえのか。
ここからまた獣道を進んでいく。ぱっと見た感じモルドールの山みたいな感じ。あっちは植物がないけれど、転がる岩の感じがフロドとサムがここを歩いていてもおかしくない印象。とにかく大小の岩がごろごろしていて歩きづらい。
ガイドのおじさんはときおり立ち止まって耳に手を当てて音を聞いている。
アドラさんに「何を聞いてるんですかね」と訊ねると「川の音だとおもう」と言う。 確かにどこからか川の流れる音がする。そしておじさんは再び歩き始める。
しばらく歩くと崖に突き当たる。おじさん道を間違えた?と思ったら、崖の左に人が通ったような跡がある。さっき滝の脇を登ったときのように手と足を駆使して道なき道をよじ登る。ちなみに足元はドロドロで本当に合ってんのか?と不安になる。
その先の細い通路にはコブの付いたロープが垂らされていたので正規ルートのようだった。おじさん疑ってごめん。
登り切るところでアドラさんに引き上げてもらい、再びヨハンソンを待つ。
合流したらまたモルドールみたいな道を進む。だいぶ膝がやばい。舗装が恋しい。
しばらく進むと右手に細い滝が見える。岩肌に一筋の水の道がスーっと流れている。その滝の隣の急な傾斜を枝を掴んだり四つん這いになったりして登って行く。
もう少し進むと川を横断するパイプと金網で出来た柵が現れる。ここもチェックポイントの一つでPig Fenceと言うらしい。猪の侵入を防ぐための柵だそうだ。
Pig Fenceは川の左岸に人が通れるゲートがある。小さな扉を潜ってフェンスを通過すると、そこから先は左右の崖が聳える谷底みたいな場所になる。
相変わらず足元の岩はグラグラしているし苔も生え放題で、フェルトタビじゃなかったら100回ぐらい転んでいると思う。
ガイドのおじさんは耳を澄ませて水の音を聞いて、音のする方へ歩を進める。
すぐそこを流れる川がかなり浅くなってきているので、進む先の傾斜がきつくなりそうな場合は川を渡り反対側の岸を進む。何度か渡渉を繰り返して、右岸、左岸の傾斜がどっちもきつい場合は這うまではいかないにしろ岩場を上り下りしながら先へ進むと、両側から崖壁が迫り出してきて、見上げた空が本当に狭く感じる道になる。
深い渓谷をじっくり進んでいくと霧が出始め、おじさんの姿が見えなくなるほど急に視界を奪われる。目の前のアドラさんが手を差し出してくれたので掴み、後ろのヨハンソンに手を出すとぎゅっと握って来た。アドラさんとヨハンソン以外なにも見えない。
おじさんは危険だと思ったのか極端に歩くスピードを落として、本当に一歩一歩づつ慎重に進んでいるようだ。おれも道を踏み外さないようにアドラさんの踏んだところを踏むようにして進む。
やがて、おじさんは前進不可と判断したのかその場で立ち止まり、少し霧が晴れるまで休憩することになった。
とりあえずごつごつとした地面に座る。尻は痛かったが歩き通しだったのでこのタイミングの休憩は助かった。ふつうならここで笑い合いながら道中を振り返るような会話が出るようなものだが、疲労と緊張で誰も軽口は叩かず黙ったまま休んでいた。
断続的に霧雨みたいなのには降られていたので寒さで体力も奪われていたし。
しばらく休憩したのだけど深い霧は一向に晴れてこず、おじさんも出発のタイミングを迷っているようだった。自然相手とはいえこのままでは埒が明かないので、もしやと思いおじさんの一歩前に出て腕を突き出し細かい水の分子を解いてみた。
目の前の直径1m程度はシュワッと晴らすことができたが、いかんせん広範囲すぎて無理だった。だがそれがいけなかったようだ。
おじさんは怯えたような顔でおれを見てヨハンソンに何か言っている。ヨハンソンは「大丈夫だから」というようなことを言っておじさんを宥めている。
アドラさんに「まずいことしたかな?」と訊ねると「ちょっと刺激が強かったかもしれません、あなたは人じゃないと彼は言っています」と教えてくれた。
ここでおじさんに帰られるとまずいと思い「No No I am a Japanese Ninja!」とおじさんに言って誤魔化した。するとおじさんは「Oh! Ninja!」と納得していた。
忍者汎用性高すぎじゃね?と思いつつ人差し指を握って連結するポーズをとって「ニンニン!」と言って笑うと、おじさんも真似して「ニンニン」と笑ってくれた。
すると霧が薄くなり始め徐々に視界が戻って来た。危ないところだった。
再出発して程なく、岩壁から無数の細い水の筋が見え始める。どうやら目的地に到着したようだ。相変わらず足元が悪いので慌てることなく歩み続けると目の前にぐるりと岸壁が聳え立ちそこに細い滝が何本も流れ落ちる場所に出る。
ここが目的地のBule HoleとかWeeping Wallと呼ばれる場所だった。
そこは言葉を失うとか息を飲むとか、そういう圧巻の場所だった。
時計の7時から5時までぐるっと岸壁で、そこに水のカーテンがかかっている。
岸壁は階段状になっているためバウンドしたところで細かい筋に枝分かれして水の筋が増えていき、黒っぽい岩肌に白い筋がランダムに流れ水飛沫と共に落ちてくる。
聚光院書院で見た、千住博さんの「滝」の襖絵のことを思い出した。
そして、根性のあるハイカー達が這ってでもここを目指すのもわかる気がした。
火山島の山の上に年中雨が降っているからこその光景、こんな場所は世界にここしかないのだろう。とにかく神秘的な光景だった。
崖の真下まで行き、飛沫を浴びていると魂か何かが浄化される気がした。
大袈裟に言えばそれは赦しであるようにも思えた。
一人の人間なんて自然の中ではとても小さな存在であり、あれこれ悩んでも些細なことだと言われているようだった。