結ぶと解く   作:ながずぼん

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第221話 出奔と宝石

 ヨハンソンとアドラさんを見送った後は、エルリカの棲み処へ移動する。

 火の玉を投げて進路妨害をしていた方向の霧の中に洞窟があり、山に篭るときはそこで過ごしているようだった。

 洞窟に入ってすぐにはよく見えなかったが、暗さに目が慣れてくると内部構造がよく見えるようになった。幅は狭いが高さがある。入口の光以外にも明かりが差し込んできている。まるで星空のように天井に小さな穴があちこちに開いている。

 

 天井の高い廊下のような通路を進むと横穴が開いていてそこに入ると部屋っぽい空間になっていた。木のテーブルと椅子が一脚。木のベッドもある。

 テーブルの上にオイルランプが一つあり、エルリカがホヤを外して指先に灯した火をランプに移すとぼうっとした明かりが灯り、部屋の壁にびっしり彫られた数式が浮かび上がった。それは妄執とも呼べるワームホールに対する彼女の想いの強さなのだろう。

 

 おれが驚いている姿なんか気にも留めず椅子に座るよう勧められ、エルリカはベッドにぽすんと腰掛け話始めた。

 

「お前はウルカ、いやアサガオと言ったか、あの女に私の本当の父のことを聞いているのだろう?」

 

「ああ、アインシュタインなんだろ?生憎おれは不勉強でベロ出してる天才ってことぐらいしか知らないけど。あとなんだ、相対性理論って名前だけ知ってる」

 

「ははは。そんなお前が時空を裂く巨大な重力を肩代わりするような能力を持っているのだから父も草葉の陰で歯噛みをしていることだろうな」

 

 笑ってはいるもののエルリカはどこか寂しそうだった。

 

 19世紀末にドイツの子爵家に生まれた彼女は幼い頃から科学に興味を持ち、物心ついた頃には結ぶ素粒子の扱いがある程度できていたそうだ。

 ただしそれは誰も見ていないところでとアサガオさんからきつく言われていたので、専ら裏山へ行き森の中であれこれと試していたようだ。さっきの雷の操作なんかは6歳の頃に仕組みに気付き、以来、威嚇として長年使い続けているものらしい。

 

「あれは、電子を引き剥がして手元に置いておき、イオン化した原子を射出方向に並べたら電子を手離してやればいいだけだ。ふふ、聞けば単純な話だろ?」

 

「いや、悪いけどさっぱりだ。当てないようにしていたんだろうけど、あんなもの食らったら死ぬし。おまえの魔法の中じゃ一番凶悪だと思う」

 

「お、お前、ま、魔法とか、どうかしているぞ。あれは科学であって決して魔法などではない。あれが、ま、魔法だなんて、お、お子様だなお前は。ぶふふ」

 

 なんだこいつ()()と言った途端に急にツボに入ったみたいだ。あの杖といいローブ風のレインコートといい、もしかして100歳超えの中二病患者なのか?

 

「いやあ、おれもワームホールから出てすぐ異世界転移だと思ったわけ。剣と魔法の世界に召喚されたって。でも普通に現実世界だったし残念だなあって思ってたところに、遂に魔法使いに出会えたわけだよ。厄介だったけど嬉しかったなあ」

 

「はあ?異世界?なんだそれは。剣と魔法の世界?いい中年が妄想猛々しいな」

 

 なんだよ、おまえの世界観に合わせたんじゃねえか。こいつめんどくせえな。

 

 そして再び唐突に身の上話が再開。アサガオさん以上にマイペースだ。

 

 12歳の頃にアサガオさんが出奔。兄弟もおらず子爵家に一人残されたエルリカだったが酷い扱いを受けるようなこともなく、蝶よ花よと育てられたが16歳の時に見合いというか政略結婚をさせられそうになり逃げ出したそうだ。

 普通の16歳が一人で放浪の旅をしようものならあっという間に詰みそうなものだが、貴族出身というパワーワードが効いて、ベルギー、フランスあたりでは貴族や王族の末裔の屋敷に出向いては宝飾品の修理などで路銀を稼げていたそうだ。

 

 1918年、彼女はマドリードにいた。そのときに全世界で5000万人の命を奪ったスペインかぜを患う。このときに生死の境を彷徨った際にアサガオさんと同じくテロメラーゼの異常活性が起きほぼ不老の肉体を得たそうだ。21歳で老化がほぼ止まる。

 彼女が言うにはこの時にアサガオさんとの量子もつれが千切れた感覚があったそうで、どこかで覗かれている感覚がずっとあったのが消えた、ということだった。

 

 すっかり元気になった彼女は放浪の旅を続け、認識阻害と思考操作を覚える。

 スペインを南下し遊牧民のルートでジブラルタルからアフリカ大陸へ。

 モロッコでいきなり内戦に遭遇。部族とスペイン軍が激しい戦闘を繰り広げていたため、足早に西アフリカへ出国。スペインとフランスの支配地域の国境は検問が厳しかったそうだが、思考操作でどうにか乗り切ったようだ。

 

 苦労して入国した西アフリカでもフランスの支配に対する反乱があり、ギニア湾方面に追われるように逃げたそうだ。当時のアフリカは反乱の坩堝だったみたいだ。

 悪い事ばかりではなく海岸沿いを南下していくと、ドイツ支配下の南西アフリカ、今のアンゴラのあたりでダイヤモンドをたくさん手に入れることができたそうだ。

 掘らなくても川原に転がっていて現地ではダイヤ拾いが盛り上がっていたそうだ。

 

「拾うって?掘ったりするんじゃなくて?落ちてんの?ダイヤが?」

 

「そう。川原にゴロゴロ落ちていた。ただ小石に混ざってるから選別しないとだが、大気中の水分、つまり湿気を操作して小石の群れにぶつけるとダイヤだけが濁らないから相対的に光って見える。だから1週間程度の滞在で一気に路銀が稼げた」

 

 そう言ってエルリカはベッドの下から革袋を取り出して投げて寄越した。

 袋をつかみ取るとジャラッと音が鳴り、かなりの重さを感じた。

 中を見ろってことなんだろうから遠慮なく中を確かめると、デジャビュかな?という感じに白く光る粒がたくさん入っていた。アサガオさんの金庫と違ってエメラルドやルビーなんかは入ってない。

 それにしても全財産をベッドの下に隠すの、本当に母娘なんだなと思って小さく笑うと「なにかおかしいのか?」と訊ねられ「いや、別に」と袋を投げ返した。

 

 一緒に暮らしていた頃にアサガオさんがベッドの下に何かを隠していたのかもな。

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