食事が済んだら部屋に行き、また椅子とベッドに分かれて座る。
エルリカが汲んできた水で珈琲を淹れてくれた。冷えていた身体が温まる。
「明日からの訓練が済んでからでもいいのだが、お前のその脳内でリガビスを弾く能力を一旦止める操作を覚えて欲しい。お前を元の世界に戻すために私がお前の記憶を覗く必要があるからなのだが」
「だからおまえの人生を聞かせたのか。フェアじゃないからって。あはは、おまえいい奴だな。それでそれはどうやればいいんだ?」
「ん?抵抗しないのか?てっきり最初は断ると思っていたが…、お前は私に知られて恥ずかしいことはないのか?全部を知られるのだぞ?」
「そんなこと言ってたら帰れないんだろ?だったら全部見て貰うに決まってるだろ。で、早くやり方を教えてくれよ。ワームホールの訓練だってやらなきゃだし」
その方法はまず自己観察による干渉制御をするところからだそうだ。”これが自動反応である”という認識があれば前頭前皮質が偏桃体の活動を制御できるらしい。
いまおれ怒ってるな、と自覚すると怒りが和らぐのと同じということだそうだ。
その自覚を持ちつつ脳波をシータ波優位の瞑想状態に入れば自動防御能力は弱まるそうで、これはまあトランス状態になればいいっぽかった。
そんなわけで、ベッドに寝転がりながらエルリカに脳内に結ぶ素粒子を飛ばしてもらって自己観察をすることになった。
パチパチと頭の中で火花が散る。火花は知覚できているけれど迎撃しているものの正体がいまいちわからない。これはどうやって観察すればいいのだろうか。
エルリカに尋ねると「迎撃していることを知覚できていれば正体は知らなくてもいい」とのことだった。偏桃体の活動と繋がっているらしいけれどこれがコントロールできればサヨさんの命を削らずに済んだのにな…
「トランス状態にはなれるからいつでも記憶を読み取りできるけど、今やるか?」
「いや、まだいい。訓練の第三段階をクリアした後で十分だ。私にしたってお前の全てを知るのは感情的に脆くなりやすいからな」
感情的に脆く?相変わらず彼女の言っていることはよくわからないが、今夜はもうやれることがないみたいなので、明日の訓練に備えて寝ることにする。
つうかそろそろ風呂入りてえな。魔法で風呂沸かしてくれねえかな…
―――――
訓練の第二段階は二つの水の波紋を同期させるという理解できない課題だった。
昨日エルリカが削っていた石の器に水を入れ、地面の水たまりの隣に置く。
トランス状態で観察して、二つの情報構造を重ね合わせて違う部分を解いて同じ安定構造にしてやる。らしい。なんの話なのこれ?
トランス状態で器の水を見る。分子が見える。これをズームアウトすると霧に変えたときのように光の網が見える。だけどこれは器の水だけ、水たまりは見えてない。
そもそも分子の揺らぎのようなものは見えているけれど、それが波紋であると認識できない。何度もズームインやズームアウトを繰り返してみるが全然見えない。
「波紋、見えないんだけど。これはどうしたらいい?」
「水を粒としてではなく波として認識してみろ。水を形成している情報の波だ」
波ねえ。そんな視点どうやって切り替えればいいんだ?そんなふうに思いながらまたトランス状態になる。相変わらず粒モードのままだ。
粒と波の切り替え…リモコンでもありゃいいんだけどな。
そして気付く。素粒子で発現する能力はイメージと意思の力次第だということに。
情報の波、それはきっと脳内で情報を運んでいた光の筋みたいなもののはず。
強く光の筋をイメージすると、器の水が光の網になって見える。
網が揺れている。その奥にも揺れている網がある。奥のやつが水たまりなんだろうけど酷くぐちゃぐちゃしている。
この2つを同期させるには網の状態を同じにすればいいらしいので、2つの網が重なるような視点へ移動していく。トランス状態のまま身体を動かすのは初めてだ。
とにかく揺れる光の網を重ねて見ると、とにかく奥のやつから生える枝の数が手前のものと全然違うし揺れ方も全然違う。二つを揃えるのは相当時間がかかりそうだ。
まず、光の網に触れると消えてしまうのではと心配したがそうはならなかった。
点で触れると一瞬形は変わるが元に戻ってしまう。線というか範囲で触るとある程度いうことを聞いてくれる感じになる。要領はだいたい分かったけれど、不明点があるから一旦トランス状態を解いてエルリカ先生の解説を聞くことにした。
「あれが波なのかわかんないけど光の網が見えた。おまえもあの世界が見えるのか?」
「ははは、世界を在りようを普通の人間と違う形で知覚できるのはお前だけだ。そのお前が情報構造を見ると光の網に見えるのだな。なるほどな。それで二つの水を同じ構造にできそうか?」
「問題が二つある。片方はおまえの純水ってやつで片方は雨水だからあまりにも網の形が違いすぎる。それからもし情報構造ってのを同期できたとして、それができているってどうやって確認すればいいんだ?」
「なるほどな。まず確認の方法だが基底構造が同期していれば波紋は同じになるから、お前が操作を終えたら指で触って波紋を起こしてみればいい」
「へえ、そうなんだ。じゃあ操作が済んだら一緒に確認をすればいいか」
「そうだな。それでもう一つの形が違いすぎるという話だが、それがどう見えているのか説明できるか?その情報を元に情報構造の知覚について検討したい」
どういう風の吹き回しか知らんけど、やけに優しいな。特別扱いしてくるし。
それだけ期待してるってことなんだろうけど、プレッシャーだなあ…