結ぶと解く   作:ながずぼん

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第22話 検査と会議

 ホテルのロビーで待機していると指定時刻の5分前にマツモトさんが現れる。

 車寄せに横付けされた車にサクラさんと共に乗り込むとドアが閉まるかどうかのタイミングで本郷へ向かって走り出した。せっかち具合が突き抜けている。

 平日の都内は渋滞もなくスムーズに大学病院に到着した。

 今日は初日なので精密検査を行うと言われた。最初に脳波測定がありMRIやその他もろもろの検査をした。大した量ではないが久しぶりに血も抜かれた。

 脳波検査でざわついてなかったので脳波に異常は出なかったのだろう。

 

 昼食後、大学の理学部へ行き研究者たちの学術会議に参加した。

 会場である教室に入ると大勢の研究者たちがそれぞれに会話をしてがやがやとしていたが、おれの姿を確認すると一瞬だけ静かになり、再びがやがやし始めた。

 マツモトさんに案内されて用意されていた座席に着くと、伊藤博文のようなじいさんが挨拶をしに来た。この会議の座長だそうだ。

 

 入れ代わり立ち代わり人がやってきて挨拶をする。誰が誰だか覚えられない。

 そのうちにアズマ教授とウチヤマさんが揃ってやってきて体調を尋ねられた。至って元気だと返事をすると、アズマ教授はにこにこして「それはよかった」と喜んでいた。ウチヤマさんもにこにこしてる。

 

 ほどなくして会議が始まり、アズマ教授が今回の一件の概要を説明した後、紹介されたので立ち上がって自己紹介をした。今は失われている戸籍があった頃の経歴を。

 それが済んだらすぐに質疑応答になる。

 

 最初の何人かの研究者からは一様に「黒い穴に吸い込まれる瞬間」のことを尋ねられた。身体に感じたことだとか、光は見えたかとか、音や匂いはあったか、など。

 「一瞬すぎてわからない、落ちたとき物凄い高速の振動があった」と答えた。

 すぐに「身体のどの辺に振動を感じたか」と問われ「どこっていうか、内側から?」と答えると学者の人たちが一気にザワザワなった。

 

 しばらく話合いがなされ、次の質問が来る。「穴から出た感覚はあったか?」と。

 「気が付いたら海の中で、水深は1m前後だった」と答えた。

 

「海の中には、足から出た?それとも頭から?」

 

 そう尋ねられて思い出してみたが、どっちから出てきたという感覚はなかった。

 

「昼寝から目覚めたときにゆっくり身体の感覚が戻るのと同じで、身体全体がこう、なんていうのかな、水に溶けていた身体が元の固体になる感じですかね。たぶん」

 

 そう答えると会場は一気に騒がしくなった。あれはナントカだよ!と興奮しているおじさんが何人もいた。そういう現象でもあるのだろうか。

 アズマ教授の方を見る。この話は初耳だったはずだけれど特に気にしていないようで、よく話してくれました、みたいな顔で小さく頷いていた。

 

 座長のおじいさんの提案で会議はいくつかのグループに分けられ、それぞれがディスカションをするような時間になった。

 どうやら大きく分けて小型のブラックホール派閥と量子トンネル派閥になっているようだ。ブラックホール側で様子を眺めていると一人の研究者に「身体が引き伸ばされる感覚は本当になかったか?」と訊かれ「覚えていないってことはなかったんだと思います」と答えると「そうですか」と言われ質問はそれ以上なかった。

 しばらく手持無沙汰で座っているとウチヤマさんがこちらにやってきた。

 

「この後はワームホールの発生条件の専門的な話になります。お疲れでしょうから今日はもうここで帰ってもらって構わないのですが、最後までいらっしゃいますか?」

 

「いや、少しでも話が理解できるなら残りますが、たぶん聞いてもわからないだろうし、居眠りでもしていたら失礼なので、今日はお言葉に甘えさせてもらいます」

 

「承知しました。お疲れのところありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」ウチヤマさんは教授のような柔らかい笑顔で労ってくれた。

 

 座長さんに帰る旨を伝えて、サクラさんに迎えを呼んでもらう。

 せっかちなマツモトさんは午前中の検査の前にはどこかへ行ってしまっていた。

 ロータリーのある広場のようなところでマツモトさんが来るまで待つ。

 

「ハナダさんは協力期間が終わったらどうするつもりなんですか?やっぱり地元に?」

 

「そうですね。自分で確かめて本当に家族が誰もいなければ身の振り方を考えます」

 

「――――― 耐えられそうですか?」

 

 ものすごく柔らかい部分に恐る恐る触れるような声色でされたその質問には答えられなかった。なにか言おうと言葉が喉まで出かかっては飲み込むことを繰り返す。

 本当におれ一人だけがこの世界にはぐれてしまっていたとしたら、気持ちを切り替えて生きてゆけるだろうか。元の世界の家族はおれが不在の中どんな暮らしだろうか。

 考えれば考えるほど胸がぎゅっと締め付けられるような息苦しさに襲われる。

 

 然程の時間が過ぎていないけれども、長く感じられる沈黙の時間が流れた。

 

「ハナダさんならきっと大丈夫ですね!どうにか日本まで帰って来られたわけだし」

 

 取り繕うように無理に明るく励ましてくれるサクラさんに対してどこか申し訳ない気持ちになった。あなたが辛い気持ちを背負うことはないのだからと。

 彼女の使命感をおれの地元まで持って行くわけにはいかないので、あなたの役目は既に果たされていると言葉にしなければならない。

 安心させる意味でもおれの評価を上げる意味でも格好をつけた言い回しをしたかったが語彙力の壁が立ちはだかった。諦めて頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした。

 

「おれ、しぶといから。打たれ弱いけど、結構しぶといんだよね」

 

「それ、なんとなくわかります。ふふふ」

 

 そう言って彼女は笑った。ふつうに笑ってくれたのだから及第点だろう。

 

 タイミングを計ったようにマツモトさんの運転する車が滑り込んで来た。

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