結ぶと解く   作:ながずぼん

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第229話 視覚と構造

「器の方はほぼ白っぽい光の網で綺麗な形をしている。水たまりの方は光の網の中に赤とか黒の点が混ざっていたり濁った枝が生えていたり、なんかウネウネ移動してる光の筋が絡みついたりしていたな。あれを全部解こうと思ったら相当時間かかる」

 

「なるほど。片方を純水にしておいてよかったな。お前が同期させるのはH₂O分子がつくる水素結合ネットワークの揺らぎのことだ。これが基底構造となって水として存在している。水たまりに混ざった不純物やイオンがあったとしても両者は同じだ。であるなら水たまりの情報構造の網の中から純水と同じ網にピントを合わせるだけだ。不純物を解く必要はない。お前の言う視覚レイヤーの操作でいけるだろう」

 

 波のチャンネルのままもう一段階視点を操作すればいいらしい。なんだか昔のガチャガチャダイヤルのブラウン管テレビでUHFにしておいて耐火金庫のダイヤルみたいなあれを回して周波数合わせる感じに似てるな。できなきゃおれの頭を斜め45度からチョップでもしてみれば映るかもしれない。

 

 視線を移動させる手間を省くために最初から器と水たまりが同一線上になる位置へ移動してトランス状態になる。二つの水の情報構造が前後で重なって見える。手前の水は白い光の筋が整然と網目を形成していて、奥に見えるのはぐちゃぐちゃ。

 奥に見えてる水たまりの水にフォーカスして基底構造にピントを合わせるつもりで白い光の筋に集中するとウネウネと揺らぐごちゃっとした網目状の構造の中に白い筋が見えたり消えたりしている。あれを逃しちゃだめだ。

 垣間見える白い筋だけに視界のピントを合わせていくと、ごちゃっとした中に白い網目だけが浮かび上がる。これが水の基底構造なのだと知覚する。

 

 ようやく見えた水たまりの汚れた水の基底構造を一瞬たりとも目を離さないようにぐっと補足しつつ、手前にあるはずの純水の基底構造を探す。世界が光の網になっていたとしても、同じような色合いの網なら視線に引っ掛かるはずだと思い、奥にピントを合わせたままゆっくりズームアウトさせていくと、少し眩しいぐらいの白い光の網が視界に飛び込んでくる。自分のカメラワークが下手すぎてびっくりした。

 

 だが、意地でも見逃さないと強く思っていたので水たまりの水を逃すことはなかった。

 あとはこの二つを同じ形に整えるだけだ。奥に見えている網目は手前のものと比べると格子の間隔や角度が随分乱雑だ。試しに一点を解いてみると手前のものと同じような状態になった後でまた元に戻ってしまう。この結果は根拠もないけれど想像できていた。

 この網目を形作っている交点との繋がりごと解いて安定化させる作業なのだから。そう思っていくつかの交点から交点までを線状になぞり手前のものと重ね合わせていくと、しっかりと安定させることができた。

 

 気が遠くなるような作業だったが、手前の網目をトレースするように奥の網目の形を全て整え終わる。上や横方向からも確認して捻じれや曲がったところがないか確認し終わると、ぎゅっと目を瞑る感覚でトランス状態から抜け出る。

 

 「できた、と思う」そうエルリカに告げると、特に労いの言葉もなく「確かめてみるか」と言って両方の水に同時に指をちょんとつけた。すると器の水と水たまりの水に同じ模様の波紋が浮かび上がった。そして「合格だ」と言って少し微笑んだ。

 

 めちゃくちゃ疲れる作業だった。どれほどの時間水をいじっていたのか尋ねると、およそ20分かかっていたそうだ。体感的には2時間ぐらいやっていた気分だった。

 「この後は?」と尋ねると昼まで休憩して午後からは別の素材で基底構造の調整をやるそうだ。きょうは昼飯があるんだと嬉しくなった。が、昼まで休憩するだけで飯はないのかもしれないと疑念が湧いたので尋ねる。

 

「大して動いてもいないのだから夜だけで足りるだろう。なにを贅沢なことを」

 

「おまえは多少食わなくても死なないかもしれないけれど、普通の人間は食わねえとじわじわ死んでいくんだよ。芋だけでもいいから食わせてくれよ」

 

 訴えにエルリカは渋々ながら昼飯について了承してくれた。こいつがぼっちな理由がよくわかった。修行僧でもない限り付き合えないわけだよ。

 もしかしてミャンマーの娘の父親ってのも死因は餓死だったんじゃないのか?

 

 昼飯の時間までに1時間ほどあるらしかったので、水の情報構造を調整するやつの復習をすることにした。今度は器の中に別の水たまりの水を汲んできてやってみた。

 まず二つの基底情報の白い網を見つけるのに苦労したけれど、整わせる作業はさっきより早くできた気がする。さっきは一つだけ触れていたけれど今度はどっちも触れながら同じ形にしたから作業量的には半分ぐらいの感覚だった。

 

 自分で波紋を起こして様子を眺め、これはもう大丈夫だなと確信した。

 こんな作業、実社会ではなんの役にも立たないのかもしれないけれど、出来なかったことが出来るようになるのは気持ちがいいもんだ。

 上機嫌でエルリカの様子を見に行くと、肉を焼いていた。匂いで知ってたけど。

 

 「肉食っていいのか?」と尋ねると「意外と習得が早そうだ」と言ってくれた。

 アサガオさんのところでトランス状態を獲得する修行はノーヒントだったし辛かったけれど、いまは教官が付き添ってくれるから作業内容の理解も早い。

 焼けた肉を頬張りながら次の訓練内容について訊ねると、昨日削った水晶を使って情報構造を同期させる訓練だという。

 成功した場合にどうなるのか尋ねると、光の屈折が同じになるそうで、光に当てたときに同じ虹色の光線が出れば成功、そうでなければ失敗ということらしい。

 

 食い終わったら早速洞窟の中からいくつか水晶を取ってきて二つ並べる。

 トランス状態になって波のチャンネルで水晶を見て基底構造へピントを合わせる。

 すると六角形の白い光の筋がドーム型を構成しているのが見えた。さっきの水を見たときの光の網は水素結合だったのかと気付いた。そういや言ってたっけ。

 さっそく二つの水晶の六角形を重ね合わせる視点移動をすると、ちょっとづつズレているのが見える。ここで一旦トランス状態を解除する。

 

「六角形の結晶構造が光って見えたけど、明滅して見えるのは合ってるのか?そこに赤黒いものや線が濁ってるのがあったけど、今回あれはいじる感じ?」

 

「六角形が見えているのは正解だ。同期ができれば明滅のリズムも揃う。結晶構造以外のものは水の不純物と同じだからピント合わせで背景にすればいい」

 

 基底構造だけを整えていけばいいようだ。水みたいに動かなきゃ楽勝だろう。

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