水晶の結晶構造を模した光の筋を、二つの形を重ね合わせで調整していったが明滅のリズムが揃わない。これは不純物の影響じゃないのかと思い、赤黒い点を弾くように光の六角形から追い出すと明滅のリズムまで揃ってくれた。
トランス状態を解いて水晶を二つ持ち、洞窟の中の天井の穴から差し込んでくる光の元へ置く。まずは最初の水晶から出た虹色の光を確認し、もう一方の水晶と入れ替えて虹色の光を見てみると、さっきのものと全く同じに見えた。
エルリカを呼んできて確認してもらうと「成功だな」と肩をぽんと叩かれた。
これで訓練の第二段階まで済んだことになる。次はいよいよワームホール生成前の最終工程だ。この様子なら今日にでもクリアするのも有り得るんじゃないだろうか。
エルリカ先生に次の訓練について尋ねると、その前にワームホールで元の世界への帰還のための条件について話をすることになり、昨日の朝に小便した崖まで行く。
迫り出したテラスのようになっているその場所は霧が晴れている今、まるで山の上を飛んでいるようなパノラマが広がっていた。エルリカは崖から足を投げ出して地面に座ると「こうするともっと宙に浮いてるみたいだぞ」と座るよう勧めてきた。
別に高い所が苦手というわけでもないが、崖の下を覗き込むと胃がぎゅうっと締め付けられる感覚があり、地面との遠近感が狂って軽い立ち眩みのようになった。
恐る恐る足を投げ出して崖に座ると、ハイジのオープニングに出てきた空中ブランコにでも乗っているような気分になった。絶景ではあるが危険がすぎる。
「お前がワームホールで元の世界に戻る条件は簡単に言うと二つある。まずはおまえ自身が目の前に入口を開くこと、そして私が出口を設置して安定化させることだ」
「ん?出口の設定はおれがするんじゃないのか?ああ、そうか、だからおれの記憶を読み込む必要があるのか。元の世界に出口を作るために」
「そうだ。お前の記憶を空間情報へ翻訳するのが私の役目だ。リガビスの能力があれば可能だと考えている。ただ試したことがないからトラブルは起きる可能性がある」
「そうか、大魔法使いエルリカ様でも空間転移は難しいってことか。まあ、おまえが無理ならおれでも無理だろうから、おまえが賢者に進化するのを信じるしかねえな」
「お前…もう少し不安だとk」
「もういいよ、そういうの。やるだけやってダメならまた考えりゃいいじゃん。おまえは2年に一度しか穴開けられないかもしれないけど、おれはいつでもどこでも何回だってチャレンジできるんだろ?ビビるだけ無駄だよ、諦めなきゃいいだけだし」
「そ、そうか。やっぱりお前の記憶を読み取るのはギリギリにしたほうが良さそうだな。まだ訓練も残っていることだし。この先何日かかるかわからないからな」
この先の訓練はエルリカの見立てではけっこう時間のかかるものになるようだ。
食糧も”とりあえず”1週間分を買い込んできているわけだし、明日明後日にクリアできるような課題ではないのかもしれない。諦めるつもりはないから地道にやるしかない。
でもおれ意外と簡単にクリアしちゃったりなんかして。
―――――
第三段階の訓練が始まってだいたい2週間が経過した。
最初の数日、あれこれと指示を出してくれていたエルリカはもうここにはいない。
できないからって八つ当たりで酷い言葉を投げつけて一人にしてくれと言ったら「そうか」と一言だけ残してどこかへ行ってしまった。
食い物だけは先週届けてくれた分があるから生きてはいられるが、日がな一日虚空を見つめてパンを齧り糞尿を垂れ流すだけの暮らしが果たして生きていると言えるのだろうか。あと数日もすれば1月も終わる。
一人では下山できる自信がない。秘密の階段を降りればどうにかなるのかもしれないが、食糧があるうちは逃げたことになりそうで意地が邪魔して降りられない。
第三段階の訓練に入ったときエルリカは「干渉縞の情報構造を見ろ」と言った。
それはなんだと尋ねたら「物質を支えている波の痕跡だ」と言った。
ぜんぜんわからなかった。もっともっと突っ込んで聞けばよかった。
とりあえずやってみれば何かに気付いてわかるだろうと、この山場に来ていつもの適当な感覚に従ったのが間違いだった。人類初の試みなのに、科学の苦手なおれがどうしてそんなことができると思い込んでしまったのだろうか。
水を整えたり、水晶を整える操作は以前よりずっとスムーズになった。
そこにヒントがあると思って何度も何度も繰り返しているからだ。だけどその先がわからない。干渉縞ってなんだよ。そういうところがイラつく。
―――――
空間をリンクさせるために干渉縞の情報構造を解く。
念仏のようにその言葉を繰り返しながらトランス状態でその辺の空間を見る。
だが何も見えない。粒チャンネルにしても波チャンネルにしても、UHFでダイヤル調整しても見えてこない。仮に見えていたのだとしても対象物がなんなのかわかってないのだから見えてないのと同じだ。
だとしても諦めるわけにはいかないから毎日虚空を見つめている。
なにも見えやしないのに。
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寝る前にパウラさんと娘の写真を眺めていたらスマホのバッテリーが切れた。
ハナザワさんやウチヤマ教授あたりなら解説してくれるのだろうか。
「ハナダさん、やっぱりすごいなあ」ってまた褒めて伸ばしてくれるのだろうか。
クスメギには家族を連れて戻るなんて言ってしまったし。いまのおれを見たら殴ってくるんだろうな。そんでアヤママが慰めてくれるはず。
アサガオさんは「この先はエルリカに聞け」って言ってたから、いま泣きついても「わかんないわよ」って言いそうだ。師匠の料理食いてえなあ。
ヨハンソンやアドラさんは今頃仕事に戻っているんだろうか。世界を飛び回ってテロリストと戦って、こんな不甲斐ないお兄ちゃんで申し訳ない。
なんかもう全部がむなしくなってしまった。
奥さんや子供の顔がうまく思い出せなくなってきている。
ごめん…帰れないかもしれない…、ごめん…ごめんなさい…最悪だ…