結ぶと解く   作:ながずぼん

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第234話 国籍と別荘

 植物園から1時間ほど歩いて街に着いたのだが店がない。あるのは民家ばかりでとっくに過ぎている昼飯にもありつけない。エルリカは相変わらず平気そうだ。

 仕方がないのでもう一時間ぐらい歩いたらようやく海沿いの道まで出る。ひとまず北に向かって歩いて最初にあったベーカリーカフェに入る。久しぶりに現代文明に触れた気がする。脹脛は痛いし膝は笑うし足がもう限界寸前だったので助かった。

 

 飲み物と惣菜パンを注文するとエルリカに「店員さんに携帯を充電してもらうようお願いできないかな」と相談する。すると「電話を出せ」と言われ充電の切れたスマホを渡すと、すたすたとカウンターのところへ行って店員さんを見つめたと思ったら携帯を渡して店員さんは奥に引っ込んだ。

 席に戻ってきた彼女に「話をしている風には見えなかったけれど」と言うと「頼んだ」とだけ返事があった。おまえそれ頼んだって言わねえから。命令だから。

 

 強制充電が終わるまで珈琲を飲みながらエルリカに国籍について尋ねる。

 「ドイツ人としてのアイデンティティはあるのか」と尋ねると「生まれた国がそうだっただけで帰属意識はない」とのこと。「じゃあ、アメリカ人かイギリス人になるとしたらどっちがいい?」と尋ねると「父が亡命したアメリカだ」と言う。

 

「もしアメリカのパスポートが手に入るとしたらいろいろ楽になると思わないか?」

 

「確かに近い将来、出入国の審査が自動化されるとなるとどこかの国のパスポートを持っているというのは安心材料かもしれないな」

 

「だろ?じゃあ、おまえをアメリカ人にしてくれそうな奴に頼んでみてもいいか?」

 

「ヨハンソンか。締め落とした相手に便宜を図ってくれるとは思えないが、おまえの頼みなら聞いてくれるかもな」

 

 記憶を読まれたせいで先読みされた。どうせ後でわかることだから構わないが。

 とりあえず通話ができる程度には充電も終わったと思い、エルリカに電話を返してもらうようお願いして店を出ることにする。

 彼女はカウンターに行って再び無言で店員さんを見つめると店員さんは携帯を取ってきて彼女に手渡した。それを受け取り「充電できてるか?」と訊かれ電源を入れてみると半分ぐらい充電できていた。おれも電気泥棒の共犯だ。

 

 店を出たところでヨハンソンに連絡を入れる。あれから2週間以上経っていることだしもうボルチモアの本部に戻っているはず。時差的に定時上りならとっくに退勤してる頃だと思うけれど。電話には2コールで出た。

 

「ハナダさん!携帯が使えているということは下山したのですね。修行は無事に終えられたのですか?」

 

「うん。修行を終えて下山してきたところ。それで一つ相談があるんだけど、いま話しててもいいかな?」

 

「構いませんよ。自宅に戻ってしまっているので今すぐにシギントは使えませんが」

 

「そういうのじゃなくて。あのさ、エルリカにアメリカのパスポートあげられない?アサガオさんには二つ返事でグリーンカード出すって言ってたじゃん?」

 

「え?あの女にですか?あいつが欲しいと言ったんですか?まさか…篭絡された?」

 

「あのさ、話せば長くなるんだけど、あいつ全部能力で片付けちゃうんだよ。そういう生活が長かったみたいで。だからアメリカ人てことにして話ができる関係になったらどうかと思って。変わってるけど根は悪い奴じゃないのは知ってるだろ?」

 

 そこまで話すとヨハンソンは考えているのか黙ってしまった。しばらく待っていると真面目な声で応答があった。

 

「わかりました。彼女に対する法律はいまのところありませんが、どんなルールが必要になるのかを知るためにも、グリーンカードを発給させます。上に報告もしなければならないので今日明日というわけにはいきませんが、それは大丈夫ですか?」

 

「ああ、うん。あと4日はこっちにいると思うから。もっとかかるようなら後で教えて。ひとまず日本にはズルして同行させるけど。あと、あの後、身体は大丈夫だったか?」

 

「心配してくれたのですか?嬉しいなあ。意識を奪うことに特化した襲撃だったので、身体はなんともありませんでした。何もできなかったのは悔しいですが」

 

「なんともなくて良かった。じゃあホテル取れたらまた連絡する。よろしくね」

 

 せっかくなのでワイルア・ビーチに下りて砂浜を歩きながら南に向かう。

 どこから流れつくのか大量の流木が散乱していて白い砂浜という感じじゃない。

 溶岩みたいな岩もあるし、自然とはかくありきといった感じのビーチだった。

 ビーチの隣に続く広い道からワイアレアレ山の方へ少し戻ったあたりの貸別荘群に辿り着き、管理棟へ行くと年配のハワイおばさんが出迎えてくれた。

 

 つたない英語で今日から泊まれる部屋はないか尋ねると、昨日キャンセルになったものが一棟あるとにこにこ顔で教えてくれた。4日間滞在したいと告げて滞在場所を確保することができた。一応パスポートを見せてくれと言うのでおれは見せ、エルリカはおばさんの目をじっと見て手続き完了。

 宿泊代はほとんど手つかずのままだったキャッシュで支払った。

 

 おばさんの後について建物まで歩いて行くときにベッドルームは2つあるか尋ねると「はあ?なんで?」と不思議そうな顔をされた。どんな関係に見ているのだろう。

 建物の鍵を開けてもらい、その鍵を預かる。だいたいの説明が済んだらおばさんは管理棟に戻って行った。

 

 レディファーストだと言って使う寝室をエルリカに決めさせた。

 シャワーもレディーファーストだと言ったのだが先に使っていいと言われたので、遠慮なく浴びることにした。死ぬかと思うほど冷たい水浴びをしてきたので温かいシャワーは本当にありがたかった。あいつの不死身前提の暮らしに付き合ってたら一般人でもへなちょこ寄りのおじさんはまじで死ぬ。

 さっぱりしたところで、ヨレヨレになった服や下着を身に付けたくなかったので、とりあえず洗濯機に放り込んで、乾くまでバスタオルを巻いて過ごすことにした。

 

 自分の部屋へ行きヨハンソンに連絡をして滞在場所を告げた。もう上司に掛け合ってくれたようで明日の午後にはここへエルリカのパスポートが届くらしい。

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