0時半、地元に到着。
路肩に車を停めて喫茶店のビルを見上げると3階に明かりが点いていた。
エルリカを伴って階段を上る。緊張しているようには見えないが、楽しみだとか嬉しいといった感じもない。ただ寝る場所へ案内されているだけ、そんな顔をしているように見える。
部屋のドアを軽くノックするとガチャリとドアが開いて師匠が顔を出す。てっきりアサガオさんが出てきてエルリカに飛びつくものだと思っていたから意外だった。
もうここでおれは帰ってもよかったのだけど、一応アサガオさんにも挨拶しておこうと思って師匠に招かれるまま部屋に上がる。おれに続いてエルリカも。
間仕切りのない部屋なので、入ればすぐにアサガオさんがコタツに座っているのが見える。真正面を向いているけれどどこ見てんだろう…?
すると正面に向けていた顔をグギギと音が聞こえるぐらいゆっくりとこちらへ回し、見たこともないほどの不自然な笑顔で「い、い、いらっしゃい」と言った。
ロボかよ。油の切れたロボかよ。
ガッチガチに緊張しているアサガオさんの向かいにぽすんとエルリカが座るところまで見届けたところで声を掛けて部屋を出ることにする。
「後はよろしく頼みます。明日の午後にまた来るので。じゃあなエルリカ」
そう声をかけるとアサガオさんはエルリカから視線を外さないまま「ありがとう」と緊張した声色で言った。「今夜は下で寝ることにしたので私も一緒に出ます」と言って師匠も部屋を出た。
「突然押し掛けてすみません。ところであの店で寝る場所なんてありましたっけ?」
「あんなに狼狽える彼女を見るのは初めてでした。まるで小さい子供が親に怒られるのを怖がっているようで可愛らしかったです。寝床はベンチに椅子をくっつければベッドのように使えそうだったので平気ですよ。毛布はもう運び込んでありますし」
「あああ、ろくに考えもなしに連れてきて本当にすみません。3人ならどうにか寝られるかなと思い込んでいて…」
「ははは、一晩ぐらい平気ですよ。彼女からも一緒にいるよう言われましたが二人きりの方が話やすいでしょうから。エルリカさんを連れてきてくれて本当にありがとうございました。私からも感謝を。それじゃまた明日」
そういって師匠は店の中に入っていった。車に乗る前にクスメギに連絡をする。
いま店閉めたばかりでまだ帰れないようでどうするか訊かれ、待っていても意味がないので片付けを手伝うと言ってアヤさんの店に行くことにした。
店の裏の駐車場に車を停めて裏から入ると店長やシンちゃんパイセンが片付けをしている。「おつかれさまです」と声を掛けると「あー!」と大きな声が聞こえ、そちらへ目をやるとメイさんがオバケでも見るような顔で口を開けている。
すると送迎待ちをしているオンナのコたちも「あ、ハナさんだ」「え、なに?出戻り?」と口々に突然現れたおれを見て驚いた顔をしている。
おずおずとメイさんがやってきて「帰れなかったの?」と小声で訊かれたので「最後の準備に戻っただけだよ」と小声で返すと「帰れるといいね」と微笑んで言ってくれた。
すると灰皿を重ねて運んでいるクスメギがこちらにやってきた。
「よう、おつかれ。あんた車で来てるんだろ?悪いんだけどそこで待ってる4人送ってやってくれないか?」
バックルームから出てきたクスメギに送迎を頼まれる。構わないと返事をして誰を送るのか尋ねると、ユイさん、ユキさん、ナオさん、後は知らないコの東と南方面だというので、メイさんは?と訊くと、彼女は毎回リョウ君が送っていくらしい。
「バイバイ」とメイさんに送り出されて車を取りに行き4人を乗せて送りに出る。
新しいBMWはオンナのコたちも喜ぶだろうと思ったのだけど全く関心がないようだった。車中「お店に戻るんですか?」とユイさんに訊かれ「ううん。最後の準備のために2,3日戻っただけ」と答える。ユキさんもナオさんも「そうなんだ」と少し残念そうだった。
それはおれに会えないとかではなく現状送迎が1台だからすぐに帰れないことを残念がっているだけだ。おじさんだからわきまえている。
3人を降ろして残った知らないコに道を訊きながら送っていき、一人になって店に戻る時、おれさっきまでハワイにいたんだよなと思うと笑えてきた。
店に戻るとほとんど片付けは済んでいてアヤさんとクスメギだけが残っていた。
「まさかこんなに早くまたハナちゃんに会えるなんてね。おかえりなさい」
アヤさんがまるで帰省した息子を迎える母のような笑顔でそう言ってくれたとき、一ケ月前にバス停でみっともないほど泣いてたのを思い出さないで欲しいと思った。
「二人はこれからどうするの?どこかで飯食って行くの?」
「それも考えたんだけど、聞き耳を気にしないで話せる方がいいだろうってことで、俺がなんかつまみ作って家で食べることにしたよ」
確かに他人には聞かれないほうがいいとは思うけれど「干渉縞の情報構造が~」なんてホロ酔いの連中に聞かれたところでなんの話なのか理解できないだろうなと思った。でも、二人の細かい気遣いは有難いので異論はない。
「気を遣ってくれてありがとな」そう言うと「正直に言うと師匠に料理教えてもらってから、外食すると味についていろいろ思っちまってさ」とクスメギはテンプレ通りに頭を掻きながら笑った。
まさか師匠の料理でそんな弊害が出てくるなんて。こいつが拘りすぎなんじゃ?
「大丈夫なのこいつ?」とアヤさんに訊くと「最近ちょっとね。目覚めちゃったみたいで」と言って困った顔で笑っていた。
「じゃあその至高の手料理を頂きに参りますか」と言って三人で店を出た。