元の世界の家族が突然行方知れずになったおれのせいで経済的に苦しんでいるだろと聞いてアヤさんの朝食を食べる手が止まってしまった。
「朝からこんな辛気臭い話してごめん。でもさ、きっとどうにか暮らしてると思う」
「ううん。話してくれてありがとう。そんなふうに家族のことを気に掛けていたからお店のオンナのコたちに言い寄られてもグラっとしなかったのね。うふふ」
「あ、いやそんな立派なものじゃなくて…時間が巻き戻せないって知ったのもエルリカに教えてもらったからで、それまではあの日の浜松に戻れるものだと思ってたし」
「あら?じゃあこっちの世界の出来事はなかったことになると思ってたの?もしかしてお店のオンナのコには遠慮してたけど、ここじゃないところでは大恋愛をしていたのかしら?このまえのハワイとかその前のアメリカとか?」
アヤさんがどんどんアサガオさんに似てきているのは気のせいなのか?
両手で頬杖をついてじっとおれのことを見ているポーズまでそっくりだ。怖い。
ちょうどそのときクスメギが起きてきた。「早いな」と声を掛けてキッチンで珈琲をカップに注ぐとおれの隣に座る。
「二人でなんの話してたの?アヤさんまさかこいつに口説かれてたんじゃ…」
「うふふ。違うわよ。ハナちゃんの恋バナを聞こうとしてたの。いつも女性に囲まれているのに誰も好きにならないなんておかしいじゃない?」
「ああ、確かに。メイさんとはタイミング悪くて、アオイさんとも何もなかったみたいだけど。パウラさんだろ、サクラザワさん、あとNSAの女性。アサガオさんにだって好かれてるし、彼女の娘… ちょっと待てよ、あんた本当はモテるのか?」
確かに場面場面で出会う女性たちみんなに優しくされてきたけれど、それはヘナチョコおじさんが唯一無二みたいな能力を授かっているおかげで、もしこの力がなければ出会いもしないし興味も持たれないだろう。元の世界のおれはそんなもんだ。
あと、エルリカには記憶を覗かれたから、アサガオさん経由あたりでこの二人に娘のことがバレる可能性が高そうだから先に自分で言っておいたほうがいいと思った。
「あー、その件についてですね。お二人にまだ言ってないことがあって。実は…」
そう言って携帯を取り出してパウラさんから送られてきた写真を二人に見せた。
「あれ?パウラさんじゃん」「この赤ちゃん抱いている人?美人さんねえ」と二人は最初気付いていないみたいだったが、不意にアヤさんが「あっ」と声を挙げるとクスメギも「え?もしかしてこの赤ちゃん…」と言うので黙って頷いた。
「おいおいおいおい、この子どうすんだよ!連れて帰るわけにもいかねえだろ」
「うん。パウラさんが育てるって。おれもハワイにいるときに娘のこと知ったんだ」
「ハ、ハナちゃんも隅に置けないわね…こんな美人と子供まで…」
ボルチモアのホテルでなにがあったのか二人に話した。サヨさんの存在について。未来の日本人でアサガオさんの同僚、思念体になってパウラさんに定着して過ごし、偶然おれと出会ったこと。大好きだった漫画の主人公に向けた憧憬が似てるってだけのおれにも向けられていたこと。
パウラさんからサヨさんを剥がす前に思い出を残すよう、彼女のためにパウラさんから頼まれたこと。雰囲気と感情に流され避妊をしなかったこと。
サヨさんはループ前の襲撃を知らせてくれたことでたぶん消えてしまったこと。
喫茶店のあの絵は彼女のことを想って描いたと全てを話した。
「そのときの子がこのサヨコ。おれの娘。二人の母親から生まれた三人の子」
二人はしばらく黙っていた。なんて言ったらいいのかわからないのだろう。おれだってこんな話聞かされたら何を思えばいいのかわからなくなる。
「でも、また会いに来れるのよね。それができるように努力してきたのでしょう?」
アヤさん真剣な顔で尋ねてきた。そうだったら格好いいんだけどゲート化の話はまた別だ。エルリカだからできそうってだけの話。
「そもそもこっちの世界にはエルリカに呼ばれたみたい。おれがハワイでワームホールを開くことは予定調和で、その因果があってエルリカがワームホール開けてたらしくて。ややこしいからこれ以上説明できないんだけど」
「じゃあ何か?あんたがこっちの世界に来たのも自分でワームホールを作って帰るのも未来が確定してるってことか?だとしたらこの子もあんたの娘として生まれてくる運命だったのかもしれないな」
「どこまでが既定路線なのかわかんないけど、向こうの家族に娘の存在が知られて相手にされなくなったとしても、こっちの世界に住むつもりはないよ。結果を背負って向こうで生きていく。でも娘の成長は見たいからたまには会いに来るとは思うけど、ウルグアイめちゃくちゃ遠いからさ…そんな長い休みとれるかな」
おれが覚悟を語ったときにアヤさんが怖いぐらい真剣な顔を向けて言う。
「ハナちゃん。女として言わせてもらうけれど、秘密を抱えた自分が楽になりたいからって奥さんにこのことを話しちゃ絶対にダメよ。お墓まで持って行って」
「うん。そのつもりだよ。向こうの家族をこっちの世界での人生に巻き込むつもりはない。2年間なにをしていたか説明する必要はあると思うけど、戻るためにしてきた話以外はしないつもり。二人がおれの家族に会いに辛いと思うなら会わせるの辞めるけど」
「俺は構わないぞ。お前の父ちゃんは基本ポンコツだけどポンコツなりに頑張った大した奴だって息子たちに教えなきゃだし」
「私だって奥さんに、店のオンナのコがどんなに粉かけても全然靡かなかったって言って安心させてあげたいわ。あと、君たちのパパはすごくモテるのよってお子さんたちにはこっそり教えてあげるわ」
泣かしにきてると気付いて「ありがとう」と二人に礼を言って出発の準備をした。