工務店の彼と相談しながらノートとペン、それからコンベックスを借りて建物を測ってノートに描いていく。いわゆる「うなぎの寝床」という細長い建物だから道から奥まった部屋は暗い。ここをどうにかするには天窓ぐらいしか手がないのだけれど、屋根をいじると雨漏りの心配もあるしと相談すると、屋根をカバー工法で覆うときに下地を組んで天窓を付ければどうにかなりそうだったので、それでいくことにした。
あとは水廻りの総取り替えに際して位置の移動はいけそうか確認すると、下の部屋の天井を少し下げれば配管が引き回せそうだったので水廻りの位置の自由度が跳ね上がった。
そもそも階段が辛くて引っ越すのだから寝室も1階にしないと意味がない。けれどそうするとLDKがかなり狭くなりそうだった。解決の鍵ははねだし状のバルコニーか。ただし完全に囲うと増築扱いになるからインナーテラス化はNGだ。
とりあえず測るものは全部測ってざっくりした平面は把握できたので、みんなと別れてホテルへ戻る。部屋に戻ったらスーツケースに入れておいたパソコンを引っ張り出して図面を描き始める。
抜ける柱と抜けない柱、補強が必要な梁などを検討しながらざっくり間取りを決めていく。でもやっぱり狭いな。そう思いながら京都のあの木の小屋を思い出した。
あのサイズで二人で暮らしていたのだから広い必要はないんだと気付いたらどんどん部屋の割り振りが決まっていく。けれどあの家を改装してあの小屋の雰囲気が出せるのか。あの空間を形作っていたものはなんだったのか。木の質感と光線の具合か。
となると天窓で明るくする必要はなさそうだ。いや、年寄りは暗いと見えないか。
あれこれ悩んでいると部屋のドアがノックされる。覗き穴から確認するとクスメギが黒服を持って立っていた。ドアを開けて中に招く。奴はベッドに腰掛け、おれはデスクチェアに座って少し話をする。
「なあ、この作戦ていつ決まった話なの?強引な割に一本道に思えるんだけど」
「今朝だよ。喫茶店に行ったらアサガオさんに説明された。あの人って未来視の能力でもあるのか?誰もこの流れから外れられない完璧な段取りだったよ」
「工務店の彼を頼んだのはアヤさんなんだろ?彼女も立案に一枚噛んでるのか?」
「いや、店で話をしているうちに、じゃあ私が業者手配するって感じだったぞ」
「なんか、おまえ大丈夫か?アヤさんどんどんアサガオさんに似てきてるけど」
「まあ、そこらへんはアズマさんに相談しながらやってるよ。俺もあの人のこと師匠って呼ぼうかな。先輩って感じだったけれど今や先生みたいな感じだし」
そんな話をしていると携帯が鳴った。アオイさんからだった。
「アオイさん久しぶり。元気だった?送迎頼まれてるけどそのことだよね?」
「もう!二度と会えないと思ってたのに!戻ってきているなら教えてくださいよ!」
「ああ、ごめん。ほんの2,3日だけのつもりだったんだよ。そしたら準備に一ケ月かかるってなって。さっきもそれ知ったばかりで」
「さっきアヤママからハナさん戻ってきてるって聞いて、連絡もないしてっきり私は距離置かれてるんだと思ってたら送迎して店に出てくれるって言われて意味わかんなくなって…いきなり叫んだりしてごめんなさい」
「だよね。裏で糸引いてるのが例のアサガオさんでさ。アヤさんもすっかりそれに乗っかってるからみんないいように振り回されてんだよね。あはは」
アオイさんの店のオンナのコは去年から変更なしとのことで以前の4人のところへ回ればいいとのことだった。支度をする時間を考えればそろそろシャワーを浴びたほうが良さそうだったので通話を切ると、クスメギも「俺もそろそろ行くわ」と言って部屋から出て行った。薄い本になっている暇などないのだ。
久しぶりに黒服に着替えてムスカのコートを羽織って駐車場へ。車に乗り込みユヅキさんのアパートへ向かう。車に乗り込むとき「おわ!ほんとにハナさんだ」と驚かれた。
おれは幽霊でもないんでもないんだが。ギャルたちはもっとあっさりしていて「チース」とか「ご無沙汰っす」とか言っていた。ノゾミさんに至っては「おはようございます」と久しぶり感ゼロだった。別にいいんだけど。
店ではタケちゃんが再会をすごく喜んでくれた。シズカさんは出戻りの理由をあの手この手で聞き出そうとしていたが、引っ越しの準備が残っていてと誤魔化した。
アオイさんはというと、ちょっと不安定な感じだった。完璧に演じていたアオイさんの中に素のキョウコちゃんが混ざっている感じで態度とか雰囲気がコロコロ変わるのでなんともいえない人柄になっていた。さっきの電話もそんな感じだったし。
ちなみにユヅキさんを黒服兼任にするという作戦は採用されていて、席が混み始めたらスーツ姿のまま席に着いて接客してる。スーツだとOLみたいでいいんだという性癖のおじさんから指名を貰ったりしてるらしい。
黒服初日は久しぶりながらどうにか乗り切り4人を送ってホテルに戻ると、さすがに疲れたのでスーツを脱いだらそのままベッドへダイブして朝までぐっすりだった。
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期限の一週間で改装に必要になりそうな図面を全て描いた。解体工事があらかた済んだときに耐力壁の追加部分も検討したし、夜も働きながらで本当に偉いと思う。
工務店の彼と現場で打合せをして、すぐに発注のかけられるものは全て手配してもらった。塗装や張り物の柄なんかは建築主に決めてもらうのが通例だけど、好きにしていいという全権委任を貰っているので色も柄も勝手に決めさせてもらった。
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改装工事が始まると、本当に予算の上限がないのか狭い現場に大勢の職人が投入され一気に工事が進んでいった。まるで店舗の改装のように各種工事の職人が順番待ちをしていてボードが張れたらすぐに電気屋さんがスイッチボックスを取り付けてまたすぐにクロス屋さんがパテを塗ってというような流れ作業になっていた。
ちなみに寝室のベッドを置く場所の床には点検口のような蓋を付けておいて床下に“大事な物”が収納できるようにしておいた。