干渉縞の情報構造、光の樹氷は明暗を繰り返しながらうねうねと波打っている。
整然と並ぶ樹氷の中の綻びを探す。いびつな場所はすぐに見つかった。
もう一段階世界に溶ける前にエルリカと結んだ手の感触を探る。右手におれを現実世界に引き戻す命綱を握っている感覚がある。こいつを信じる。
観測者から内在的存在へ。おれは再び世界と溶け合う。
さっきの… いびつな樹を… 少しどける…
あれが… 波の裂け目… これで… 帰れる…
やばい… 意識が… 消え…
脈動する光の樹氷の光景に激しい閃光が加わる。バチバチバチと弾ける音が煩い。
「戻って来いハナダミツル」とエルリカの声がする。
引き戻されて普通のトランス状態になると、直径2mほどの黒い穴が見える。
ぎゅっと目を瞑り再び目を開けると、部屋の中にワームホールが開いている。
ぬらぬらと光る黒い穴は異質そのものだった。怖ろしくも抗えない魅力がある。
あの先はどうなっているのか知りたいという欲求が止まらない。出口がどこであろうと飛び込みたくなる衝動がある。とにかく目が離せない。
「
「うまくいったみたいだな。ありがとうエルリカ」
「お、お前、その鼻血大丈夫か?あまり休んでいる暇はないと思うが…」
鼻の下を左手の甲で拭うとべっとりと血がついている。まあ、こんだけのことしたんだし、多少はダメージあるだろうなと思った。
少しフラつきながら玄関の方にいるはずの皆に目をやると一様に心配そうな顔をしている。「大丈夫だって。家族に会うまでは死ねないよ」そう言って笑った。
皆は少し安心したような顔になり「いってらっしゃい」とか「気を付けて」と言ってくれる。「うん。じゃあ、また」と言って荷物を持ってワームホールに入る。エルリカもすぐ後ろから来る。
こっちの世界に来たときのことはよく覚えていないけれど、おれは粒子になった。
その表現が妥当かどうかはわからない。ただ、おれという情報が物凄く細かい粒になって時空を超えていくイメージがあった。
そして昼寝からゆっくり目覚めるように身体の感覚が戻って来る。
辺りは真っ暗で足元には少し雪が積もっていて、目の前に見慣れたおれの家がある。
戻って来た。元の世界へ。
続いておれの後ろにエルリカが現れた。
「ありがとう」と言ってぎゅっと抱きしめた。
「ワームホールを片付けるまでがお前の仕事だ。固定している私の素粒子を解け」
そう言われてトランス状態でワームホールを見ると外周にキラキラ光る小さな結晶のようなものが見えた。それに触れるとふわっと光って消えた。全部を解かなくてもワームホールは維持できなくなったようで中心に向かって自身を飲み込むように消えた。
その瞬間、全身の力が抜け目の前が真っ暗になった。
―――――
目が覚めると見慣れた天井が見えた。
おれの家。おれのベッド。すごく静かだ。
もしかして夢オチってやつ?いやいや、あの2年間が夢なわけないだろう。
あんな長い話を脳内再生させたらそれこそ脳が焼き切れるだろ。
ベッドから起き上がる音を聞きつけてリビングから家族が集まって来る。
「ミッちゃん!」「お父さん!」「パパ!」と奥さんと息子たちが心配そうに覗き込んでいる。
「ただいま」と言って子供たちの頭を順番にぽんぽんする。
ぶかぶかの制服を着ていたお兄ちゃんがちょっと大人ぽくなっていて、よく女の子と間違われていた弟もすっかり男の子になってしまっている。
丸々二年間、子供たちの成長を見過ごしたのはすごくもったいない気分だった。
心配そうな顔をしている奥さんは少し疲れているように見えた。不在の間、家族を守るために必死だったのだろう。謝る前にとにかく「ありがとう」と言った。
少し遅れてエルリカが顔を出した。やっぱり夢なんかじゃなかった。
―――――
昨夜、ワームホールを閉じた後で気を失うとエルリカが玄関まで運び、チャイムを鳴らして家族を呼び出し一緒にベッドまで運んでくれたそうだ。
それでそのままエルリカがおれの記憶の断片を奥さんと子供に見せたらしい。
行方不明だった夫と突然一緒に現れた若い女に手品みたいなことされても信じきれないのは正常反応だと思うが、それでも奥さんはエルリカの言うことを頭ごなしに否定することなく、空いていた部屋に寝かせておれが起きるのを待つことを選んでくれた。
家族にはこれから少しづつ本当のことだったんだと理解してもらえばいい。
そのためにはひとまずわかりやすい説明から。「水を一杯汲んできてもらえるか」とお兄ちゃんに頼むと「わかった」と言ってキッチンまで行ってコップに水を汲んできてくれた。
コップを受け取り「じゃあ見ててね」と言って水素の共有結合を解いた。
もしかしたら能力が失われていたりして…と一瞬過ったがそんなこともなく、コップの中の水は泡を立てて水素と酸素に分かれて空になった。
「「おおおすげえ!パパすげー!」」と兄弟は目を輝かせて驚き、奥さんは口を手で覆い絶句している。おれに超科学の説明はできないけれど見せることはできる。
「エルリカ、説明してくれてありがとう。あと、面倒かけたね」
「いい。それより身体は平気か?もう少し寝ていたほうがいいんじゃないか?」
「ああ、もうちょっと寝る。早く
家族にもう少し寝るからまた後でと言って横になると、すぐに眠りに落ちた。よく旅から帰ると家のベッドが一番だと言うけれど本当にそうだなと思った。