結ぶと解く   作:ながずぼん

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第250話 解くと結ぶ

 目が覚めると夕方だった。西の山に沈んだ陽の光が反射して窓から見える東の空が薄いピンク色に染まっている。いつもの風景。よかった、家にいるんだ。

 

 隣のダイニングキッチンから晩御飯の支度をする音が聞こえてくる。

 起き出して奥さんに何か手伝おうかと声を掛けると、今は子供たちの傍にいるよう言われリビングに行くと、子供たちがエルリカと格闘ゲームをして遊んでいた。

 子供たちは呆れ気味に「この人弱い」「ザコすぎる」と言っている。

 

「本物の魔法使いだから馬鹿にしてると本当に火の玉投げてくるから気を付けろよ」

 

 そう言いつつ確かにどうにもならないエルリカのザコムーブを見て苦笑いが出る。

 そういえばハワイのお土産があったんだったと思い出して、スーツケースの中から子供たちのお土産を取り出してそれぞれに渡した。

 お兄ちゃんには蛇革のチョーカーを、弟には木彫りの例の石仮面みたいなのを渡すと微妙な顔をして受け取ってくれた。弟に「それ人間辞めるやつだから」と言ったら「うそつけ」と笑いつつも少しビビっていた。かわいすぎる。

 

 程なくして晩飯に呼ばれたのでぞろぞろと洗面所に行って手を洗って席につく。

 晩飯はタンドリーチキンとイカのパン粉焼き、豆腐のサラダとおれの好きな物ばかりにしてくれた。奥さんが「エルリカさんはお酒飲めるの?」と尋ねると「多少は」と返事があり、女性はビール、野郎は水で乾杯した。

 改めて家族から「おかえり」と言われた。

 

 飯を食いながらこっちの世界ではどうなっていたのか話を聞くと、いなくなって最初は途方に暮れ、警察に捜索願を出したものの全く手掛りがなく、2カ月ぐらい経ったところで前を向くしかないと腹を括って会社の解散手続きをして事務所を売り払い、奥さんがフルタイムのパートで働いてどうにか暮らしていたらしい。

 浜松警察署から電話があり車を取りに来いと言われたが処分してくれと言って車は処分したそうだ。他にも不在なのに税金やら国民年金やら請求書が届いて本当に腹が立ったと怒られた。これから個人事業主として仕事に復帰するつもりはあるけれど当面の生活資金としてアサガオさんたちから貰った金をバックごと奥さんに渡した。

 

「向こうで出会った人たちから家族にって渡された金だから遠慮しなくていいよ」

 

 奥さんはバッグの中身を見てめちゃくちゃ驚いていた。子供たちが覗き見ようとしたときに「見ちゃダメ!」と言ってすぐにバッグを閉じた。確かにあれを見たら我が家には大金があると勘違いしそうだ。残念ながら君たちの実家は太くないんだ。

 

「元はといえば私が呼び寄せたようなものだ。本当にすまない」

 

 エルリカがしおらしく頭を下げると「お金を稼いで戻って来たってことにするからいいよ」と奥さんは言ってエルリカのグラスにビールを注いだ。

 「ホテルも予約してないだろうし今夜も泊っていって」と奥さんに言われたエルリカは「すまない、世話になる」と言って昨夜寝た部屋で今夜も寝ることになった。

 本当に悪いと思っているのかエルリカから貴族っぽい言動は見られなかった。

 

 子供たちを寝かしつけた後、ダイニングでインスタント珈琲を飲んでいると奥さんがやってきて正面に座る。少し困ったような深刻な顔をしている。

 

「本当は聞きたくなかったけど…、あの子とはどういう関係?もしも向こうでそういう関係だったとしたら、私、一緒にいるのはやっぱり耐えられない…今夜は仕方ないけれど。無理だから!」

 

 そう言って泣き始めてしまった。やっぱり壮絶に勘違いをさせてしまっていた。

 彼女は1900年ぐらいの生まれの不老不死でいま120歳近いこと、恋愛的な感情はお互いに一切ないこと。向こうの世界からこっちの世界への出入口を作るのに必要不可欠な存在だったこと。彼女の母親はもっとすごくて1500歳のおばさんで、彼女の父親は向こうの地球のアインシュタインなんだと説明した。

 

 話の途中で泣き止んだ奥さんは聞き終える頃には”情報量が多すぎる”という顔をしていた。そして、出口を彼女が設置するためにはおれの記憶を覗き見る必要があって、こっちの家族のことも全部知っているから、これまでの態度を見るに結構罪悪感を抱えていると思うと言うと、ようやく「そうなんだ」と納得してくれた。

 そこでようやく奥さんに貝殻のブレスレットのお土産を渡せたのだけど、やっぱり微妙な顔をされた。「これどこに付けて行けばいいの?」と訊かれ「う、海?」としか答えれられなかった。

 

―――――

 

 土曜日の深夜に帰ってきて一日休んできょうは平日。奥さんは仕事に、子供たちは学校へと出掛けて行った。おれは無職になってしまっているので仕事に復帰するための準備をしなければならないのだけど、その前に別の準備を済ませておきたかった。

 エルリカと庭に出てスチールの物置小屋を開ける。中には使わなくなった鳥籠や水槽、あとは鋤やらスコップやらホースやら。雑多なものが仕舞ってあったが、それをどかせばワームホールが作れるか確認した。

 

「ギリギリいけるか?自転車入れてたから普通より広めだけど」

 

「そうだな、この広さなら何も物は置けないが二人で入って生成することもできなくはなさそうだ」

 

「じゃあ、ここをゲートの入口にする。鍵も掛けられるし他人は来ないし」

 

 早速、中の荷物をとりあえず全部出して棚も外して空っぽにする。道具を捨てるものと取っておくものに分別して、捨てる物は埋め立てゴミの袋に入れていった。

 残ったものは拭き掃除をしてから家の中の納戸に仕舞い込んだ。今後も使うかどうかわからないけれど、なんとなく捨てるには惜しいものだけだし。

 

―――――

 

 こっちの世界に帰って来て家族と再会できた。心の底から嬉しく思う。

 不在の間の苦労や寂しさを埋め合わせながら精一杯暮らしていきたいと思う。

 と同時に、もう一方の家族のような繋がりも思い出にしてしまうのは惜しい。

 おれが行ったり来たりをすることで、どっちにもいいことがあるような関係というか仕組みが作れたらいいなと思う。それがなんなのかわからないけれど。

 

 実の娘のことは、この業を背負って生きていく。会えるかどうかもわからないけれど彼女を想う。想い続ける。愛情っていうのはどれだけその人を想うか、脳内の電子の走行距離のことだから。きっとそういうことだから。

 

 

 浜松の打合せのとき、頭の中をそのまま見せられたら言葉を尽くさなくても伝わって便利だろうなと思った。そしたら穴に落ちてそういう力があることを知った。

 ただそれは、伝える努力を惜しむなっていう教訓を得ただけで足りる力だった。

 

 おれに宿った力は「解く力」。ルールを、縛りを、固定概念を解いて真っ新にして、大事なものを見極めて繋がり方を選択できるようにする力。

 家族も、仕事も、人間関係も、全部ここからまた始める。一番いい形にするために。力があろうがなかろうが、わからないなりに精一杯やるしかない。

 

 

 物置の合鍵をエルリカに渡す。

 

「じゃあ、扉だけ開けておくか。向こうに渡るのはもう少し後になると思うけど」

 

 杖を持った大魔法使いと庭の小さな小屋に入り扉を閉めた。

 

 

最終章【帰還編】了

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