第251話 余談と前編
二年間マルチバースを彷徨ってから社会復帰したような前例は、ネットだろうが書籍だろうがどこを探しても見当たらず、お詫びを兼ねた挨拶回りをするにしても言い訳を先に考えなければ身動きができなかった。
様々な”ありそうな”シュチュエーションを検討した挙句、ファミレスの駐車場で飲酒運転の医者に撥ねられ意識不明のまま当人の病院で一年半寝たきりで過ごし、目覚めてから半年のリハビリを経て今に至る、ということにした。
かくして数日かけて練りに練った言い訳を引っ提げて関係各位にお詫び行脚を敢行したところ、実におれに対する温度差というか以前はどういうつもりで付き合っていたのかを知ることが出来た。
本当の信用や信頼があって付き合ってくれていた人はまず身体の心配をしてくれた。それが嘘なんだから恩を仇で返すようで心苦しかったが、決してこの人は裏切らないと思えるような人だった。
それ以外は都合がいいからとか、安かったからというビジネスライクな付き合いの人たちで「じゃあ、またなんかあったらお願いするよ」という態度。
最悪なのは説教をしてくる連中で、社会人としてどうだとか、信用がどうだとか、挙句は菓子折りの一つも持たずになにしに来たとか言う奴もいた。いや、おまえからロクに仕事もらったことねえけどな。
そんなこんなでお詫びの挨拶回りは済ませたものの、それじゃあといって都合よく仕事が入ることはなかった。いないならいないなりに仕事を回していたのだから仕方がない。仕方がないからといってぼんやり過ごすわけにもいかず食い扶持を稼がなければならない。元の仕事に拘るべきではないのかもしれない。
お兄ちゃんは高校生になり弟も中学生になった。部活やらなんやらで金はかかる。
アサガオさんたちからの援助で食い繋いではいるが、あれもいつまで持つやら。
この「解く」能力でどうにか稼げないものだろうか。
晩飯を食っているときにお兄ちゃんに尋ねてみる。
「なあ、おれの能力でバイトするとしたらどんなことができると思う?」
「はあ?あの不思議能力で?分解するしかないんだから分解屋とかやれば?」
「分解屋か。バラバラにした後、元に戻さなくていいならできそうだな。それで試しに告知してみるか。おまえwordpressいじれたっけ?」
「テンプレ使ってサイト作るぐらいならできるけど…」
「じゃあ頼む。依頼が来て金入ったらバイト代出すから」
そんなわけで翌週にはサイトが立ち上がりどんなもんか数日様子を見ていると、なんとご依頼があった。金属の箱が開かないけど破壊しないで中を確認したい、できれば後で組み立て直せる状態にしてほしい、とのことだった。すぐに見積りを送り返すと承諾の返事が来て後日その箱が宅急便で届く。
なにが組み立て直したいだよ!箱本体は手提げ金庫みたいに一体成型じゃねえか。
無茶な依頼だなあと思いつつ、トランス状態になって状態を調べてみると単にラッチが錆びついて動かないだけだったので、錆びている部分を解いてやるとカチリと音がして蓋が開いた。中には便せんが山ほど入っていたがこれは見る必要がない。
念のためにCRCをラッチ部分に吹きかけて蓋を閉め、請求書と共に宅急便で送り返した。翌日には振込がありお兄ちゃんにもバイト代を渡すことが出来た。
―――――
分解屋を始めて3カ月ほど経過した頃、噂が広まっているのかぽつりぽつりと月に2,3件ほど依頼が入るようになり、店舗改装の仕事も一件受注することができて徐々に生活基盤ができつつあった。
そしていわくつきの依頼が入る。木の箱に封印のような御札が貼ってあり、中身を確認したいというものだった。おれは霊感がないし呪いの類は一切わからないのだけれど画像をみただけで相当やばい雰囲気があった。これ開けちゃダメな奴じゃねえの…?
だけど先方から提示されている報酬が破格で捨て置けない状況だった。
御札の文字をよくよく見てみると日本語ではなく中国語のようだった。
ちょうど子供たちは夏休みになり中国語の相談相手が必要で、これはもう条件整いすぎているなと思ったので家族に、向こうの世界を見に行かないかと提案してみた。
子供たちは乗り気だったが奥さんが「見たくないものを見せられるんじゃないか」と嫌がったのだけど、子供たちが「じゃあママは留守番していれば?」とむごいことを言い「そんなの全員じゃなきゃ行かねえぞ」と言うと、奥さんは折れてくれた。
かくしてハナダ家一同で夏休みワームホールツアーが催行されることとなった。
お土産といっても同じ街だし、すぐ帰れるからほとんど手ぶらで庭に出る。物置小屋の鍵を開け扉を開けると異様な黒い穴が姿を現す。全員いっぺんには物置の中に入れないので中から施錠するためにもまず弟と奥さんにワームホールに入ってもらう。すぐ行くから出た先で待っていてくれと言って二人を送り出し、すぐにお兄ちゃんと中に入って扉を閉め、南京錠で内側から鍵を掛けてワームホールに飛び込む。
出た先は半年ぶりのマルチバース。懐かしい喫茶店の上の部屋。
奥さんも子供たちも無事なようだった。大丈夫だと思いつつちょっと心配ではあったけれど、どこも具合悪くなったりしてなさそうだった。
ただ、子供たちが「入ったときに蜘蛛の巣みたいなのに絡まった気がしたよね」と言っていた。粒子になるときのことを言っているのかなと思った。
部屋の鍵を開けて踊り場に出て、下の喫茶店を覗いてみる。
営業中だったのでドアを開けて中に入ると「いらっしゃ…」と師匠が固まった。
アサガオさんもいるのかなと思いテーブル席を覗くと、だいたいいつも座っている席のところで立ちあがって目を見開いてこっちを見ていた。まるでプレーリードッグみたいだった。
「ご無沙汰してます。初めての戻りは家族で来てみました。この人が奥さんで、こいつらが息子たちです。ほら、あの人がエルリカのお母さんのアサガオさんで、こっちの人が旦那さんのアズマさんだよ」
家族を紹介するとアサガオさんがちょっと興奮気味にこっちへ来いと手招きをするのでみんなで彼女のテーブルに座る。
うちの家族は面食らっている感じだけどアサガオさんはすこぶる上機嫌だ。