アサガオさんの隣に兄弟が並んで座り、向かいにおれと奥さんが座る。
「かわいいわねえ。お兄ちゃんは高校生ぐらいかしら?弟くんは中学生?」
子供たちは少し緊張した感じで「はい」と返事をした。
「あなたがハナダさんの奥様ね。ごめんなさい、わたしの娘がご迷惑をおかけして」
「いえ。あなたには随分お世話になったと主人から聞いています。それにお金も」
「もっと持っていけって言ったのよ?でもこの人、そんな父親は子供に尊敬されないからいらないって。あなた彼のそんなところに惹かれたんじゃない?うふふ」
出た!ロマンス至上主義。奥さんめちゃめちゃ困惑してる。相変わらず容赦ねえ。
奥さんは曖昧な薄笑いを浮かべた後で、おれの顔を見て「全然そんなことないです」と真顔でアサガオさんに告げた。強い。さすがおれの奥さん。勝った!
「それで突然どうしたの?夏休みの旅行に同じ街に来ても仕方ないでしょうに」
「いや、クスメギに用事があって。あ、アサガオさんは中国語もばっちりですか?」
「んー?あなたなにかまた厄介事に首を突っ込んでいるのね。あちらの世界ではハナザワさんは助けてくれないわよ?」
「そうじゃなくて」と言って、分解屋に送られてきた画像を見せた。途絶えてしまったデザインの仕事が軌道に乗るまで便利屋のような仕事をしていて、そこへこの怪しい箱を分解して欲しいという依頼があったと説明した。
「確かに怪しいわねえ。でもわたし東洋の呪術的なことは全く興味がないし、この文字も知っている中国語と似てはいるけれどどこか違うような。古い文字なのかしら」
アサガオさんでもお手上げということで、クスメギに連絡をしてみる。
こちらの世界の携帯電話が向こうの世界でも使えるのは規格が同じだからなのだろうけど、さすがに向こうの世界からこちらの世界にまで電波は飛ばなかった。ゲート化したワームホールの中に基地局でも設置すれば或いはいけるのだろうか。
「おお、おおお、戻って来たのか!無事に家族に会えたのか?」
興奮しているクスメギの後ろからアヤさんが「え?ハナちゃん?」と興奮している声も聞こえる。半年程度でそんな変化もなさそうだけど、元気そうでよかった。
「ああ、お蔭様で会えたよ。そんでいま家族でこっちに来てるんだけど、おまえにちょっと見てもらいたいものがあって。いま喫茶店にいるんだけど来れるか?」
「わかったすぐ行く。あんたの家族に会える日がこんなに早く来るなんてな」
あいつがそう言って通話が切れる。たぶんアヤさんも一緒に来るんだろうな。
奥さんに、いまからメーテルみたいな人が来るけど本当にメーテルだからビビると思うと教えておいた。「え、ちょっと見たい」と興味が湧いたようだった。
息子たちはアサガオさんから質問攻めに遭っている。特にお兄ちゃんに彼女はいるのか?とか好きな子はいないのかと尋ねていて、奥さんの関心がメーテルよりもそっちに移っているのが顔でわかった。弟は自分の番が来たら嫌だなという顔をしてコーラフロートを飲んでいる。
お兄ちゃんの初恋相手がいるのかいないのかわからないまま、クスメギたちがやってきた。おまえそんな顔するんだっていう内から湧き上がるような笑顔を向けて席にやってくるものだから、思わず立ち上がってがっしりハグをした。照れくさいんだが、怒鳴られて殴られるよりマシだ。
「この人がおれの奥さんで、あっちの二人が息子。それで、こいつは…二人には自分で言ってもらえばいいか。普通の人だし」
アサガオさんが「なによ、わたしが普通じゃないみたいじゃない」とむくれている。
クスメギは奥さんに挨拶をした後、息子たちに「君たちのお父さんは、本当に凄い人なんだ。それはあの不思議な力のことじゃなくて、諦めないっていう大人になると維持するのが難しい心の強さのことだよ。普段はポンコツかもしれないけれど、君たちが大人になった時にお父さんの凄さがわかる日が来ると思う」とおれをベタ褒め?していた。
「なにおまえ、おれのことそんなふうに思ってたの?」
「ああ。言うと調子に乗るから言わなかったけれど、あんたは大した奴だよ」
そうこうしているうちにアヤさんと奥さんが自己紹介をしていて「ハナダさんには本当にお世話になり~」「いえいえこちらこそお役に立てたか~」みたいなことを言い合いながら二人でペコペコしていた。それが済むと奥さんが「本当にメーテルみたい」とボソっと伝えてきた。
挨拶も一段落したので早速クスメギに例の画像を見せて、御札の字が読めるか尋ねるとバッグからメモ帳を取り出し書き写した。
『風過樹靜,莫碰舊蓋』と書かれている。
「これは広東語の粤語(えつじ)だな。香港やマカオでも使わている文字だ。で、書いてある内容を直訳すると『風が過ぎ、木が静まってからでなければ、古い蓋に触れるな』って言葉だ。おそらく封印した人が死ぬまでは開けるなって意味だろうな。遺言か?」
「呪いとかそういうんじゃないの?婆さんの遺品整理してたら出た来た箱らしくて、木の古さからして封印した人はもう死んじゃってて間違いなさそうだけど」
「呪い?あんたそういうの信じてるんだ。実際にそういうものがあったとしても、こんな詩みたいな封印するかな?それであんたはこの箱とどういう関係なの?」
本業が出直しだから日銭を稼ぐために分解屋を始めたことを教えた。その依頼で箱を開けてくれって頼まれたけど怖かったから御札に書かれていることが知りたかったと。ちなみに受付のサイトはお兄ちゃんが作ってくれたんだと自慢しておいた。
「そういうしぶとさは健在なんだな。まあ心配してなかったけど」
そう言ってクスメギは笑った。そして決めるのはあんただけど開けても問題ないとアドバイスをくれた。