突然現れた男三人組から襲撃を受け、おれを庇ったサクラさんが負傷した。
彼女を助けようにもおれは男二人に掴まれて身動きが取れない。
目の前に暴漢の3人目がタックルするような格好で突っ込んできている。
だが、世界は停止している。どういうことなんだ?
突然の出来事に少し戸惑いながら3人目を凝視すると少しずつ動いているのがわかった。彼だけではなく世界そのものが物凄くゆっくりと動いていた。
タイミング的に突っ込んでくる野郎の顔面めがけて膝蹴りを食らわしてやろうと脚を上げようとしたとき、おれの動きも超スローであることに気が付いた。
動け!動け!動け!動けええええええ!!!
必死で腿を上げようと試みると大腿筋が千切れるような痛みがあったが、無視して膝を野郎の鼻に合わせた。膝が鼻にヒットしているにも関わらず彼は前進を続けた。
やがて前進は止まり、タックル野郎は超スローでその場に崩れ落ちた。
続けて左腕を掴んでいる男の顔面を右手で掴む。
おれも超スローだけど彼等はもっと遅い。 顔を掴まれたことに気が付いていないぐらいに。
右腕の筋肉が悲鳴を上げているが無視して親指を奴の左目に向かって突き出す。
眼球そのものを押そうとしたがぱんぱんに膨らんだ風船を押すような抵抗を感じたので指の角度を変えて眼球の下へ親指を潜り込ませると、ぬるっとした触感があって眼球を押しのけて指は奥に刺さった。
男はしばし気が付いていないようだったが、程なくしておれの左腕は解放された。
2人やっつけた。残りは後ろから抱えている男だけ。
腰に回された腕は、脇腹の左右に掌があったので野郎の両手人差し指をそれぞれ握って引きちぎる勢いで関節を逆向きに捻った。
ボキリィとゆっくり鈍い音がした。だが、男の腕は離れなかった。
次は中指だと思ってもう一度握ろうとしたとき、不意に身体が自由になった。
そして時間は元に戻った。
暴漢3人はそれぞれ地面に倒れ込みくの字に曲がって呻き声を上げている。
もう襲ってはこないだろう。
フラフラになりながら植え込みに倒れるサクラさんの頭を抱え名前を呼ぶ。
何度か呼び掛けると「ううっ」と小さく呻き声を上げて彼女の意識は戻った。
「大丈夫ですか?」と問いかけると「ハナダさん…逃げて…」と彼女は苦しそうに声を絞り出した。
「やっつけましたよ」と笑って報告すると地面に転がる暴漢たちを見て「えっ」と目を見開いて驚いていた。
運転手が最後の刺客として参戦してきたらヤバいと気が付いてハイエースの方を見ると、仲間を置き去りにして走り去るところだった。
それを見て安心したとき鼻の下に生暖かいものを感じた。空いてる方の手で拭うと手の甲に血がべっとりと付いていた。
そういやおれ、鼻血出すとマズいんじゃなかったっけ?
ぼんやりとウルグアイの病院でパウラさんとの会話を思い出そうとしたら視界が歪んで意識を失った。
―――――
目を覚ますと白くてごちゃっとした部屋に寝ていた。
一瞬、ループしてる?と思ったがすぐに違うことに気付く。
ICUのようだがモンテビデオではなく東京の病院だ。見たことのある看護師さんが何人か慌ただしく動いている。
どのくらい寝ていたのだろうか。そもそもどうやってここに運び込まれたのか。
首を捻って部屋を見回すと、すぐ隣にマスクメロン姿のサクラさんがいた。
目と鼻を真っ赤にさせて彼女は泣きながら笑っている。あと、少し怒ってる?
「サクラさん、頭だいじょうぶでした?寝てなくていいんですか?」
「わたしのことはいいんですよ、それよりも鼻血を出して気を失ったから…」
いつもの憐れむような眼差しじゃなくて親愛を感じるような目を向けられている。
そうかそうか。彼女はついに二代目ヒロインとして覚醒したのか。
「きょうは心配かけてばっかりですね。すみません、ははは…」
「笑いごとじゃないですよ、もう!脳が危ないって…」
「でもほらなんとか生きていますよ。それであの後どうなったんですか?」
おれが倒れてすぐ救急車を呼んで大学病院へ運んでくれたらしい。
事情を知っている脳外科の先生がMRIで調べたところ命に別状はなさそうだったが、容体をモニターするためにここに寝かされているそうだ。
暴漢一味は警察に通報して捉えられたそうだ。その件に関しては容体が安定し退院したら聴取があるとのこと。
完全に正当防衛なので暴行傷害などには問われないだろうと説明してくれた。
「サクラさん血だらけのままで全部の処理をしてくれたんですか?」
「来週から付き添う方が来て連携して対応しました。出血は止まっていたので」
「でも頭の傷、縫ったんですよね?ハゲにならないといいんだけど…」
「ホチキスで3針程度のことなのできっと残りませんよ。もしお嫁に行けなくなったらハナダさんが貰ってくださいね」
「なに昭和みたいなこと言ってるんですか。それに、おれとは偽装でもないなーって言ってたじゃないですか、ないなーって」
奥さんの実家の件、暴漢の件、時間が止まるアレ、わからないことだらけだけれど、ひとまず無事で笑って話せることが嬉しかった。