襲撃時の聴取で「時間がほぼ止まった」と言うと、おっさん二人にキラキラした目を向けられていろんな意味で面倒くさいことになりそうな予感がした。
サクラさんがやられて頭に血がのぼったら頭の中がちかちかして世界が極端に遅くなった。でもおれの身体も重くてすごくゆっくりしか動けなかったけれど、奴らより数段早く動けたから膝蹴りと目潰しと指を折った、そう説明した。
「何らかの薬物を摂取したわけではないのですか?興奮剤のような」とハナザワ室長から訊ねられる。
「薬は飲んでいません。肋骨にひびが入ったときに処方されていた鎮痛剤だけですね。もうずっと飲んでませんけど」
「では、ウルグアイで注射をされましたか?病院以外の場所、軍事施設とかで」
「注射された記憶はないですね。そもそも大使館と病院以外行ってないです」
きっぱりそう言い切ると二人揃って「むむむ…」と唸り始めた。
結局なんだったのかこの人たちにもわからないのか。ワームホールと同じだ。
「もう一度確認させてください。格闘技経験もないし、薬物を使用したわけでも、特別な技術を施されたこともないということですね」
「はい、ゾーンとかフローとかそういう感覚の一種じゃないのかなって。でも、あれをもう一度やって見せろと言われても無理ですね。ただ夢中だっただけなので」
するとハナザワ室長はノートPCを接続して、大型モニターの電源を入れた。
「では襲撃時の映像を一緒に確認してください。映像を観ればあなたが何をしたのか思い出すことがあるかもしれません」
てっきり防犯カメラの映像だとばかり思っていたが、コインパーキングに設置された民間のカメラの映像だった。めいっぱい拡大しているので画像が粗い。
駐車場越しに、向こうの歩道におれとサクラさんが写り込んできた。
そこへ暴漢の襲撃。サクラさんが吹き飛ばされ柵の陰になって見えなくなる。
腕を掴まれじたばたした次の瞬間、タックルしてきた男に膝蹴りを入れるのとほぼ同時に目の前の男に目潰し、したと思ったらもう後ろから抱えている男の指を折っている。
膝蹴りから指折りまで一秒ちょい。とても人間の仕業ではない。
「おわかりになりましたか。どんなに訓練を積んだ兵士でもこれは無理です」
「映像を加工しているとしか思えない早業ですね。やられ役とも息を合わせないとあそこまでスムーズに処理する感じにはならないでしょうね」
「ほう?ということは相手の思考を操作していた可能性があると?」
「いや、おれは何もしてないですよ。殺陣だとしても、という話です」
「なにもしてないことないだろう… あれは人の仕業じゃねえよ」
クスメギさんの感想はごもっともだけれど、おれはただの中年だ。喧嘩も弱い。
「ハナダさん、我々はあなたの敵ではありません。研究協力費だって少ない予算から捻出しています。もしも何か心当たりがあるなら隠さずにお話ください」
隠すだって?おれよりよっぽどあんたたちの方が事情に詳しそうじゃないか。
日本に帰って新たに出会った人は何人もいるけれど、誰もおれの身に何が起きているのか教えてくれない。なんか適当にわかったようなことばっかり言って。
「隠してんのはそっちだろうが…戸籍だって隠してんじゃねえのかよ」と、うっかり口から出てた…
突然の逆ギレにハナザワ室長とクスメギさんは目を丸くしている。
「ああ、すみません。わからないことだらけですが隠していることは何もないです」
ハナザワ室長はこれ以上問い詰めたところで何も出てこないと諦めたのか、本人が事態を把握していないのでは時間の無駄と判断したのか、仕方ないですねという表情になって聴取の終了を告げた。
「お疲れのところお呼び立てしてすみませんでした。来週からまた研究会議ですので今夜はゆっくり休んでください。なにか思い出したらいつでも連絡してください」
不意に解放されたので、クスメギさんの後に付いて部屋を出る。
瞬間移動と時間停止。そんな能力があれば無敵だけれど自分で発現させたわけじゃいのだから説明のしようがない。ましてやその能力を国防に役立てるとか無理な話だ。つかそんなことができるなら自分で王国でも建国する。
そんなことを考えているうちに地下駐車場に着きクスメギさんの車に乗り込む。
「それにしても『頭に来たら覚醒した』って、あんたスーパーサイヤ人かよ」
「いや、それを言うなら発現したのはザ・ワールドの方ですよ」
こういう人たちでもジャンプの話は通じるのかと、ちょっと親近感が湧いた。
皇居を迂回するように大手町方面へ車を走らせる。
神田エリアに入り聖橋のあたりで「ちょっと早いけど飯食ってくか」とクスメギさんに誘われた。追加の聞き取りかもしれないけれど腹も減ってるので誘いに乗った。
「ごちそうになります」と返事をすると、クスメギさんはこちらを一瞥して何か言いたげだったが、まあいいかという意味の溜息を一つついた。
コインパーキングに車を停め、少し歩いて着いたのは町中華だった。