結ぶと解く   作:ながずぼん

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第29話 中華と開襟

 神田の町中華。クスメギさんはよく来ているようだった。

「好きなもの食っていいぞ」と偉そうに言っている。文科省なのに安月給なのかな。

 半炒飯ラーメンを注文した。クスメギさんは餃子定食だった。

 餃子って副菜じゃね?と思ったが人それぞれなので心に仕舞った。

 

「そういえば襲撃者の連中って、どうしておれだって一発でわかったんですかね」

 

 そう尋ねると、彼は呆れた様子で自分の側頭部のあたりを指でトントンと突いた。

 おれのオツムが足りないってことか。素人相手に偉そうにしてんじゃねえよ、さっさと教えろよクソが。ムッとした表情を向けていることに気が付いた彼が口を開く。

 

「あんた、そんだけ自己主張の強い髪型してて世間に溶け込んでると思ってんの?」

 

 「あっ、ああ、これか…」正解は髪型だった。

 おれは寝癖が酷いという理由で横と後ろを刈上げて上だけ伸ばして団子にして結ぶ『マンバン』という辮髪みたいなラーメンマンみたいな髪型をしている。

 確かにこれが目印になってしまっているのかも。

 

「帽子被るとかもうちょっと気を遣ってくれないと、奴らも探すの楽でいいよね」

 

 言われて初めて気が付いた。睨んだりしてごめんなさい。

 かといって束ねられない長さに切ってしまうと毎朝の寝癖直しが面倒なので、そういう習慣はなかったけれど帽子を被ることにしようとおもう。

 

「しかし40超えて若作りだよな。とても同い年には見えねえよ」

 

「え?同い年だったの?じゃあクスメギ、タバコ買って来いよ」

 

「だから同い年だっての!それに俺4月生まれだからほぼ一個上だからな!」

 

「40過ぎて1コも2コも関係ねえよ。生きた長さはもう0.1%の差だからな」

 

「あんたが体育会系みたいな上下関係持ち出してきたんだろうが」

 

 クスメギさんが同い年で、親近感を持っていると知って妙に気が楽になった。

 つうかクスメギさんじゃなくてもうクスメギでいいや。

 さっきのジャンプ話といい、なんとなく話し易いし、彼がどんな人間なのか知らないけれど、信頼に足る人物であるように思える。チョロいなおれ。

 

 

 飯を食い終わったら早速スポーツ用品店で帽子を調達することに。

 黄色地に赤のラインの入ったニット帽を手に取った瞬間「命賭けで自己主張するのやめてもらえませんかね」とクスメギに窘められ、面白くもなんともない黒いキャップを購入した。ロゴが入っているがなんなのか知らない。ついでに似合っていない。

 

 週末は鼻血が怖かったのでマンションに引き篭もり、ネットでワニvsカバとか動物の動画を観て過ごした。デスロールやばい。が、カバの顎もっとやばい。

 

―――――――

 

 翌週、月曜から金曜まではクスメギの送迎で大学に通った。

 脳波は退院時には落ち着いていたので、この週はずっと安定していた。

 アズマ教授におれの身体は異常に興奮すると時間が止まるのかと尋ねたら、因果関係にあるのか不明だと言われた。時間が止まっていると感じるほど脳が超高速で稼働したら間違いなく焼き切れているそうだ。

 

 学者先生たちは転移に続いて別の現象を引き起こしたおれを四六時中録画するようクスメギに依頼していたが、さすがに本人のプライバシーもあるのでとやんわり断っていた。帰りの道すがら「ずっと一緒とか無理だし」と言っていた。

 

 金曜の会議が終わってマンションに着くとクスメギから「週末はフラフラ出歩くなよ」と釘を刺された。

 また襲われても今度は無事でいられるかわからないので外出は控えるつもりだったが、クスメギに偉そうにされたのが気に食わなかったので「おまえがどこか連れてけよ」と言うと「考えとくわ」と思ってもない返事が来た。

 

 土曜日に連絡があり、日曜日はクスメギと横浜中華街へ行くことになった。

 

 日曜の朝、いつもの国産セダンではなくイタリアのボロいハッチバックでクスメギが迎えに来た。カラカラと変な音がしている。

 「こういう趣味があったんだ」と水を向けると「あんたもこっちだろ」と嬉しそうだった。自動車や腕時計に自己投影をするのはおれたち世代ぐらいまでだと思う。

 多感な時期に受け取ってきた情報の差なのだろう。昔は雑誌が全てだったし。

 

 横浜までの道すがらクスメギのプライベートを職質気味に尋ねた。

 彼の個人情報を得るたびに「ようやく心を開いたか」と言うと「開かねえよ」と鋭く返してくるが、奴は少しずつ観察対象としてではない接し方に変化してきている。

 おれがゴリゴリに踏み込んでいってるだけなのかもしれないけれど。

 

 クスメギは離婚歴のある独身。実家は藤沢で両親はすでに他界している。

 現在は水道橋のマンションに一人暮らし。猫が飼いたいと聞いてもないことを言っている。好きにすればいい。

 元奥さんと親の話はあんまり話したくないようで、尋ねても「まあいろいろとな」と誤魔化されてしまう。高校野球で神奈川県大会の決勝まで進んだ話はちょっとすごいと思ったが、褒めると調子に乗りそうだったから「へえー」と敢えて流した。

 

「ところでクスメギは護衛としてアテにしていいの?」

 

「全力で逃げる。あんたも逃げろ。道案内はしてやる」

 

 デジャビュってやつかこれ。

 

 ゴリラと殺し屋コンビの絶対的な安心感が懐かしい。

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