日曜の首都高はそれほど酷い渋滞になっておらず、湾岸線に入ってからも台数は多いものの流れはスムーズだった。本牧も石川町も右に回って横浜スタジアム脇で高速を降りる。クスメギの感覚からしても早めに横浜へ着いてしまったようだった。
「昼まで時間潰すか」と中華街の門を脇目に素通りし南へ向かい首都高をくぐる。
川沿いの石畳の道を抜けた交差点を曲がり、そこそこ急な上り坂を上がっていく。
横浜にもこんな高低差があるんだなと思っていたら「よし空いてる」と言ってクスメギは公園のようなところの駐車スペースへ車を停めた。
「向こうに行くと眺めがいいぞ」と促されるまま垣根伝いに歩道を進むと、すぐに眺望が開けた場所に出る。首都高越しにランドマークタワーやビル群が見える。
眩しいぐらいの緑と色とりどりの花が咲く絶妙なサイズの植え込みが本当に綺麗な公園だった。
「えー、なにここ!すげえおしゃれな場所だな」
「昔ここにイタリア領事館があって、今はイタリア式庭園にして開放してる。建物はそっちが外交官の家であそこのが貿易商の家で、両方とも移築してきたらしい」
中年が二名、黙ったまま華やかな庭園を散策する。
ここの庭は季節ごとに花が咲くように植えてあるようだ。さすがに冬は寂しくなるだろうけど、春から秋まで来るたびに違った風景が見られるのは素敵だとおもう。
こんな庭を眺めながら入る露天風呂はどうか、みたいなことを考えてるとクスメギが急に語り始めた。
「よく来てたんだよ元の嫁と。二人とも学校の先生しててさ、天気のいい日曜なんかは石川町の駅からここまで歩いたな」
「え?クスメギって先生だったの?なんの教科?小中高どれ?」
「横浜の私立の女子高で歴史の先生してた。元の嫁もそこの国語の先生」
「そんなお堅い二人でも離婚しちゃうもんなんだ」
「教員時代はルーティーンが決まってるから仲良かったんだけど、いまの仕事に転職したら勤務時間も休みもめちゃくちゃになって家でも話ししなくなって。で、検査したら俺が種なしだったもんだから別れようってなったのよ」
外事室の仕事がどんなものか謎だけど、現在進行形でクスメギの勤務時間は確かにめちゃくちゃな感じではある。おればかりが特殊なわけではなくて、そもそもが特殊な案件を扱う部署なのだろう。瞬殺映像をどうにか理解しようとしてたし。
こどもが産めない云々は、当人同士の話だからこの二人の場合は結果がそうなったというだけだろう。奥さんはどうしても子供が欲しかったんだな。
「なんで急に話す気になったんだよ。別に言いたくなきゃ黙っててもよかったのに」
「こんなのよくある話だろ?それを隠してるみたいで嫌だっただけだ」
よくある話だとしても本人にとっては話したくないことだってあるだろう。
話してくれたのは信頼度が上がったみたいで嬉しいが。今日はやけに素直だな。
「もう自分の中で決着ついてんだな。元の奥さんとはそれっきりなのか?」
「元同僚から再婚して子供産んだって聞いてるから会わないようにしてる」
「そうなのか。おまえは再婚したいとか誰かと一緒にいたいとかないの?」
「あんたのお守りしてたら恋愛なんかしてる暇ねえだろ。どうせまた問題起こすだろうし。わたしとあの中年とどっちが大事なのー!とか言われちまうよ」
しおらしくて調子が狂うと思いきや、いつものクスメギに戻ってなんか安心した。
「ああそうですかすみませんね。襲われたら頼りにするんでお願いしますよ先輩」
庭園をぐるっと一周して車に戻り、乗り込んだら坂を下って中華街方面へ。
コインパーキングに停めて昼飯を食べに行く。クスメギが学生時代にアルバイトをしていた台湾料理の店だそうだ。
店は関帝廟のすぐ近くで、せっかくなので店に行く前にお参りをした。
横山光輝の関羽のイメージが強すぎて商売の神様と言われてもピンと来ない。
そもそも商売というか会社が行方不明なので早く見つかるようにお願いをした。
関帝廟ではクスメギの警戒度が上がった気がして少し緊張したが襲撃はなかった。
件の台湾料理屋に入りクスメギが厨房の奥に声を掛けると、久しぶりに会う我が子を迎えるような笑顔で店主のじいさんが出てきた。
二人は中国語でやり取りをしている。クスメギの中国語はカタカナではなかった。
するとじいさんがこちらを見てクスメギになにか尋ねている。トモダチか?とかそんな感じだろうか。クスメギは笑いながら違う違うというような返事をしている。
まあ、トモダチではないけれど、別に否定することないじゃないか。
「なんて言われてた?」と尋ねると「あの人は満州人かって」と笑っている。
「なんだよそれ。なんで満州人なわけ?」
「その自己主張の塊みたいな髪型だよ。昔の満州人はラーメンマンだから」
「ああ、またこれか」と苦笑いするしかなかった。
帽子を被ったまま食事をする習慣がないからクスメギの言う自己主張の強い髪型を晒していたのだった。
クスメギはよほどじいさんに愛されているようで、注文していないものまでテーブルに並べられ、動けなくなるほど腹がぱんぱんになるまで食った。
どれもこれもうまかったが、やっぱり青菜炒めが一番うまかった。
葉っぱが炒めてあるだけなのになんであんなにうまいんだ。