クスメギのポンコツは明らかに様子のおかしい速度で後ろに長い列を従えて、黄昏の首都高を走っている。運転手は気にする素振りも見せないが強がりじゃないよね?
「なあ、これってこのポンコツのご臨終が近いってわけじゃないんだよな」
「ああ、免停になる程度にトバせるな。そこまでポンコツじゃねえ」
あまりにも不自然な運転はなにか考えがあってのことらしい。
すると汐留に差し掛かるあたりでシルバーのセダンが右車線に現れて並走してきた。
後ろに張り付くワンボックスの仲間に挟まれたのかと思ったら、並走するセダンのルーフから赤色灯が迫り出してサイレンを鳴らし始めた。
え?覆面?と驚くと同時にクスメギはポンコツのギアを一つ落として加速した。
「おいおい逃げ切れねえだろ」
「いや、こっちじゃねえよ」
いろいろが理解できないまま振り返って後方のパトカーを見ると、走行車線に車線変更して張り付いてきたワンボックスとの間に入っていた。
そのまま様子を見ていると覆面パトカーとの距離はどんどん開いていく。
ターゲットがワンボックスだと知った後続車両たちが次々に追い越し車線へ出て覆面パトカーの前に入り、煽り野郎がどんな顛末になったのかわからなかった。
「いつの間に助けを要請してたんだ?」
「捕まえた奴を回収に来たときに、あれだけってことはないと思って監視カメラで追ってくれって頼んだんだよ。で、ベタベタに張り付く車がいたから怪しいと思ったんじゃないのか?空振りかもしれないけどあれだけ煽ったら止められても文句言えないだろ」
まさかそこまで見込んでるとは思っていなかった。
それを当たり前のように話すクスメギのことをちょっと尊敬してしまっている。
ていうかこいつ予知能力とかあるんじゃないのか。
「警察にとっちゃあんたは餌だって言っただろ。だから素直に言うこと聞いてくれると思って頼んだだけ。そうでもなきゃ待機しててすぐ対応なんてことはないからな」
なるほど。確かにいつでも出動できるようにしていなければあのタイミングで首都高に現れるようなことはないのかもしれない。囮役なのは気に入らないが。
敵の動きを読むというより、味方の動きを熟知しているという感じなのか。
クスメギは予知能力者なんかじゃなくて、ただのベテランだった。
―――――
そろそろ首都高を降りようかというタイミングで「晩飯どうすんだ」とクスメギに尋ねられる。まだちょっと時間が早いしなによりバカみたいに食べた昼飯がまだ胃の中を占領しているので「腹減ってないし部屋にラーメンある」と返事をした。
最寄りのコインパーキングに車を停めてマンションまで歩く。
「なあ、おまえの部署、おれの身体に何が起きているのか凡そ見当がついているんだろ?それが正解じゃなくても教えてくれよ」
外事室の案件は科学的根拠がありそうなもの、ということみたいだから直球で尋ねてみた。
クスメギはまっすぐ前を見て「んー」と少し逡巡してから口を開いた。
「説明するにしても…あんた人間の身体のこと、どこまで理解してる?」
「どこまでって…呼吸して酸素を運んでいろいろしてる感じ?」
大きな病気はしたことないし医学の勉強もしたことない。保健体育の授業なんかは概ね寝てたように思う。改めて尋ねられても人間の身体のことなんかよく知らない。
残念な返答を予想していたのか、困った笑顔を向けてクスメギは短く「うん」と呟いて何度か頷いている。
「明日からウチヤマさんに頼んで人間の身体のことを教えてもらえ。あの人、生物もいける人だから」
「教えてもらうっていっても、なにを教えてもらえばいいんだ?」
「主に細胞の話だな。あんたまるっきりのバカじゃないから来週中にはミトコンドリアのことまでいけるだろう。そしたらウチの仮説を教えてやるよ」
ミトコンドリア…てなんだっけ。ゾウリムシみたいなやつだったか?
「ミトコンドリアが何かわかればいいのか?」
「それだけじゃなくていろんな細胞とミトコンドリアの関係だな。本当は脳の神経伝達のことも予備知識として欲しいけれどな」
「めちゃくちゃ勉強しないと無理じゃん!そんなの一週間で辿り着けるのかよ」
「ざっくりでいいんだよ。俺の話も大まかにしか説明できないからさ」
そこまで聞いたところでマンションに着いた。
「じゃあまた明日な」と言ってクスメギは踵を返して去っていった。
部屋に入りネットでミトコンドリアについて調べようかと思ったが、どうせ教えてもらうんだからいいかと思い直してシャワーを浴びた。
寝る前に脳の神経伝達のことはネットで調べておいた。
いろいろ難しいことを書いてあるページが多かったけれど、ようは『脳の中がでっかい網になっていて見たり聞いたりしたものが電気信号になって網の筋を走って、どこかに辿り着くと汁が出て、また電気になって走ってを繰り返して認識とか理解をしている』ということのようだった。
電気が走るのは知っていたけれど、汁が出てるのは知らなかった。