由比パーキングを出ると菩薩峠のトンネルに入り海沿いを離れる。
さっきのやり取りを反芻するように黙ったまま助手席で流れる景色を眺めている。
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太平洋を眺めながらクスメギにこの世界の人間ではないと言われた。
確かに戸籍がなかったり奥さんの実家に別の人が住んでいたりと不可思議なことはあるけれど、前の世界と大差ない世界が存在するのだろうか。マルチバースはそもそも物理法則が違うから行き来はおろか観測不能って話じゃなかったか。
ただ、もし仮におれが違う世界に一人転移してしまっているとしたら、ここでどれだけ家族を探そうがどこにもいないことになる。前の世界の記憶を持ったままここで新しい人生を送るしかない。
仕事も家族も、もう一度やり直す人生か…しかもこの歳で…
でもそれって前の世界の家族には会えないってことだ。ヒロインだトゥンクだと浮かれる瞬間もあったけれど、それが家族に会えない寂しさに置き換えられるのか?
愛情っていうのは考えている時間の長さだろう。例え会えなくても話せなくても、どれだけそのことを考えているか、それこそ脳内の電子の走行距離みたいなものが愛情の深さだろう。だとすればここの世界に骨を埋めるつもりでは生きられない。
「もしも別世界の人間だとして、おれが元の世界に戻る方法はあると思うか?」
ようやく絞り出した言葉にクスメギはまっすぐこちらを見て言う。
「ワームホールだろうな、それがあんたをこっちの世界に連れてきた。きっとあれは人工的に生成されたものだとおもう。アズマ教授はなにか確信のようなものを持っている気がするけど、尋ねても教えてくれないんだよ」
もう一度ワームホールを通って元の世界へ戻るしかなさそうだ。いずれアズマ教授にも会うだろうからそのときに、どこまで知っているのか聞いてみよう。
「それで、おれの身体はこっちの世界の人間とどのくらい違うんだ?」
「さっきの血液検査の話と脳波の異常で考えると、ハナザワ室長とは別タイプの特異体質みたいだな。時間が停まるやつも身体能力じゃなくて知覚の話だから、脳の働きとして時間が止まったように感じたんじゃないかって室長が言っていたな」
「アズマ教授は、そんな感覚になれば脳が焼き切れるって言ってたけど」
「一般人の脳ならな。襲撃の後のあんたの脳、レッドゾーンで回ってたけどエンジンブローにはならなかったわけだし、超高速で情報処理したって考えていいと思うけど。それに酷い筋肉痛になったっていうのも脳の処理に運動神経が追い付かなかったってことなんだろうしな」
クスメギの言っていることが正解だったとしたら、アズマ教授になんて言えばおれの身体のことや異世界?マルチバース?のこと、ワームホールの発生源について情報を開示してくれるのだろうか。はぐらかされて観察対象として飼殺されるのはごめんだ。おれは選ばし勇者でもなんでもないのだから。
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静岡市を通過し、大井川を渡って吉田インターを過ぎると、山っぽい景色に変わってくる。
由比パーキングから一時間ぐらいおれたちは沈黙したまま移動していた。
黙って考えることに疲れたしクスメギから話し掛けてくる様子もないので、気分を変えるべく休憩しようと言うと、ちょうどトイレに行きたかったということで牧之原サービスエリアに立ち寄ることに。
自販機で珈琲を買って一口飲むと、じわっと胃に熱が伝わり腹が減っていることに気付く。ここで昼食でもいいけれど、ひとまずファミレスの現場を見ないと落ち着かないので車に戻って先へ進むように言った。
「なあ、クスメギはワームホールの作り方わかんないの?」
努めて明るく質問してみた。
「わかるわけないだろう。量子トンネルのことだってわかんないのに」
鼻で笑われた。
「そうか。じゃあ、おれ作れないのかな?なんかこうミトコンドリアパワーで」
「あんた…中学理科ぐらいから勉強やり直したほうがいいと思うぞ」
確かに子供の頃から理科全般に興味がなく成績も酷かった。こんなことになるならもっと勉強しておけばよかった。いまからでも間に合うのだろうか。今度ウチヤマさんに会ったらワームホールを作るのがどれくらい難しいのか聞いてみようか。
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浜松西インターで高速を降りて浜松環状線に入り、平べったい道を南に向かう。
しばらく南に進むと新川に出る。真ん中にコンクリートの橋脚があって太いワイヤーで引っ張っている橋を渡る。
東海道新幹線の下をくぐって国道に出たら右に曲がって西へ向かう。
少し走ると目的のファミレスが見えてきた。
もしかしたらあのファミレスも存在しないのではないかと不安だったが、あの時と同じ場所に同じ建物があってほっとした。
モンテビデオの海とここまで、ようやく一往復することができた。
行きは一瞬だったが帰りはとんでもなく時間がかかった。地球はでかい。