結ぶと解く   作:ながずぼん

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第三章【地元編】
第40話 差異と焼肉


 そこにあったはずの築40年の白いボロ家。狭い庭。奥さんの車。子供の自転車。

 それらは一切なく、見知らぬ平屋建てのちんまりとした家が建っていた。

 あの家は親父が建てた家であり、親父もこの世界では戸籍がないというのだから親父の痕跡もなくなっているのだろう。想像はしていたけれど、してはいたけれど、衝撃のレベルが想像の遥か上をいくものだった。視界が歪んで頭がくらくらする。

 

「この家じゃないってことなんだな。どうする?ゆっくり見るか?」

 

「いや、ここはもういい。事務所があった場所に行ってもらう」

 

 クスメギに話しかけられて現実に引き戻される。

 人間て衝撃が強すぎると、世界がウルトラセブンのオープニングで絵具を溶いた水が混ざり合うような映像のようにぐにゃぐにゃとした色合いに見えることを知った。

 

 事務所があった場所も知らない建物が建っていた。二階建ての普通の家。

 何台か車が停められるように駐車スペースを広く取って建物は小さく敷地を使っていたはずが、敷地の七割ぐらいが建物になっている。

 

 「次はどうする?休むか?」ポカンと口を開けたままのおれにクスメギが尋ねる。

 ハッと我に返り、両親の実家を見て回りたいと告げ、まずは母親の実家へ。

 記憶にあるのは白い和菓子屋なんだが、青い店だった。いまはもう営業をしていないようでなんの店なのかはわからない。もしかしたら和菓子屋だったのかもしれないが、ここはおれの知っている店ではない。

 次に親父の実家へ行ってみると、そこは元の世界とだいたい同じだった。ただし空き家になってから随分と時間が経っているようで、あちこちが朽ちている。

 

 父方も母方も爺さんと祖母さんの戸籍があったのだから、二つの建物は同じなのだろう。でもそこで戸籍が途絶えたということは叔父さんも叔母さんも存在せず、建物を使っていた人は赤の他人ということになる。

 いよいよおれの存在がこの世界の異物であると自覚する。

 

  「それで次はどうする?」と訊かれたので探索は一旦終わりにしてホテルへ行ってもらうことにした。

 クスメギも長距離運転で疲れているだろうから今夜はしっかり休んで明日ゆっくり帰ってもらいたかった。

 駅の近くのホテルで部屋を二つ取り、一時間ほど休憩したらロビーに集合することにして部屋に入った。長い時間車に乗っていたから身体がバキバキだった。

 普段はそんなことしないけれどベッドの上でストレッチをして身体を伸ばして、少し汗をかいたのでシャワーを浴びた。

 身体の熱を冷ましているうちに約束の時間になったのでロビーへ行くとクスメギはもう待っていた。

 

「ここって焼肉の街なんだって?それはあんたの記憶と同じか?」

 

「ああ、同じだ。じゃあ晩飯は焼肉にするか?」

 

「そうだなせっかくだし。タクシー呼ぶか?」

 

「いや、歩こう。そんなに遠くないし、街並みも見たい」

 

 ホテルから出るとすっかり陽も落ちて、店の看板に明かりが灯っていた。

 ゴールデンウィークだけれど夜はまあまあ涼しい。もう一枚着てくればよかった。

 駅から真っすぐ伸びる下り坂がこの街の中心市街地で、飲食店も集まっている。

 僅か数百メートルのメインストリートで寂れた映画館とバーが数件という歌があったがまさにそんな感じ。むかしお兄さんたちは情感込めてカラオケで歌っていた。

 

 駅から一つ目の信号のある交差点のところに多少馴染みのある焼き肉屋がある。

 予約していないと満席で入れないこともあるがきょうはちょうど二人分空いていた。

 常連というわけでもないが、おばさんには認識してもらっていたはず。

 なのだけれど初対面の対応をされた。こういうことにも馴れていくしかない。

 脂っこい肉を食いたいか尋ねると「いやもう卒業した」と格好つけてクスメギが言うので豚モツとカシラと牛レバーを注文した。この店で食べるのはいつもこれだった。

 

「ここは記憶の通りか?」

 

「そうだな。店も人も込み具合も知ってるのと同じだ」

 

 クスメギの生ビールとおれの烏龍茶、それから頼んだ肉が一気に運ばれてきた。

 

 「お兄さん、前にも来たことあった?」とおばさんが不思議そうに言う。

 「え、なんで?」と理由を尋ねると「メニュー見ずに注文するから」と笑った。

 「うん、何度か来たことあるよ、たぶんまた来る」と言うと「うん、そうして」とおばさんは嬉しそうに言って去っていった。

 

 歳を考慮してゆっくりめに肉を焼いて、久しぶりの焼肉を堪能した。

 クスメギは結構酒が強いようで生ビールの後はコップ酒を何杯か飲んでいた。

 すっかり腹も膨れてクスメギも上機嫌だったので、会計を済ませて店を出た。

 ホテルへ戻ろうとするとスナックかパブへ行きたいという。

 ワガママに付き合わせて長時間運転もさせたし、なにより東京からずっとおれの護衛的な役割をしてくれていたので小さなお願いぐらい叶えることにした。

 

 坂を下って、よく知り合いのおじさんたちと行った地下の店に入る。

 赤い内装が昭和の名残を醸し出す店。スナックと呼ぶには広いがキャバクラと呼ぶほど煌びやかでもない、客層も落ち着いたここでいいんじゃないかと思って入った。

 案内されてボフンとソファに座るとボーイがおしぼりを持って来て指名はあるか尋ねるので「ない」と答える。飲み物はハウスボトルでいいと告げる。

 クスメギに「ここでよかったか」と尋ねると「ちょうどいい」と笑っている。

 

 すぐにオンナのコが二人、おれたちの席にやってきた。

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