ホテルに戻り、部屋に入るとクスメギがちょうど起きたところだった。
酔っ払いの寝息で部屋が酒臭かったので窓を開けて空気の入れ替えをしながら「大丈夫か」と声を掛けると「助かった」と感謝された。
「気を使って普段よりたくさん飲んだんだろ。おれが原因なんだから気にすんな」
「そんなんじゃねえよ。たまには羽根を伸ばしたいときもあるんだよ」
こいつのツンデレに磨きがかかってきた気がする。いい奴だなと心から思う。
昼飯をどうするか尋たら頭痛は治まったようだが飯を食う元気はまだのようで、このまま東京へ戻るらしい。
部屋を出て駐車場まで見送りに行く。
「万が一、こっちで襲撃みたいなことになったらどうすればいいんだ?」
「警察署には話を通してあるから普通に通報してくれ。あとこれ」
荷物の中からスタンガンを渡してきた。ロングバトンではなくよく見るやつ。
「むやみに使うなよ、普通に暴行傷害だからな。まず逃げることを優先してくれ」
「わかった。でもちょっとおまえで試していい?」
ニヤニヤしながらスイッチを入れてみた。
バチッと電気が弾ける大きな音がして、うおっと後ろにのけぞった。
「だから」と言ってクスメギは笑って車に乗り込んだ。
「どうせ今月末には検査で会うからあれだけど、とにかくがんばれよ」
独り身の先輩から二度目の励ましのお言葉を頂戴した。
「ああ、おれはおまえが思ってるより強いからな。いろいろありがとうな」
クスメギのポンコツが去っていくのを見届けると、ひとまず部屋へ戻った。
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まずは住むところを探さなければならない。次に田舎暮らしに必須な車だ。
だが不動産屋も車屋も大型連休中は休業しているようでどうしようもない。
連休が明けるまで、ネットで賃貸物件や中古車を調べるぐらしか打つ手がなかった。
まず賃貸物件を検索してみたものの、どれもこれもありきたりで心が動かない。
これはもうネットに掲載していない物件を不動産屋で見つけるしかないと思った。
一方の中古車の方は浜松に置き去りにしてしまったステーションワゴンがこの街の車屋で売っているのを見つけた。色違いだけどこれはもう運命としか思えない。
フランスのポンコツであちこち壊れて苦労するけれど、そのぶん価格も抑えられているし、どこが壊れて修理代がどれくらいかかるのか知っているから大丈夫だ。
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連休が明けるまで歩ける範囲で街を見て回って過ごした。
おれの存在がなければ成立しないものは全く違うものに入れ替わっているのだけれど、結構関りが強いと認識していたものがそのまま残っていたり、然程関与していないと思っていたものが変化していたりする。
その強弱の法則が全くわからない。こういうのモンテビデオにいるときにアズマ教授に教えてもらった気がする。なんだったか量子デコピンみたいな名前だったような…
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ようやく暇を持て余した連休が明け、最寄りの不動産屋に向かった。
物件情報の張り紙がべたべたと窓ガラスに張ってある。特に傾向はないようだ。
「こんにちは」と声を掛けて店に入ると、愛想のいいおばさんが応対してくれた。
この辺の一人暮らし用の賃貸物件で併設か近くに駐車場が借りられるものはないか尋ねる。予算は駐車場と併せていくらぐらいと伝えると、パソコンを操作して物件情報を見せてくれた。木造のアパートや鉄筋コンクリートのマンションが次々と紹介されるが、どれもこれもピンと来ない。
「なにかこう、秘密基地みたいなのありませんかね?」と言うと「秘密基地?」とおばさんは不思議そうな顔をしながら探してくれた。
「ここ、事務所兼住居で使ってた部屋なんだけど、仕切りがなにもないのよ」
そう言って見せてくれた間取りは、ガランとした四角いワンフロアの隅に水廻りがまとめられただけの部屋だった。風呂はなかったがシャワーはあるようだった。
駐車場は併設されていないので少し離れたところで別の契約をする必要がある。
建物の外観を見ると、連休初日に行った喫茶店のビルだった。
一階が靴屋で二階が喫茶店、三階が空き部屋になっている。エレベーターはない。
「ここ最高じゃないですか。ここにします、いつから入れますか?」
「入居前に一度クリーニングを入れるのと鍵を交換しますので、早くて来週末ですかねえ。でも内覧はいいんですか?」
「内覧は結構です。きょう手付金を払いますので押さえてください」
見た目などどうでもいい。重要なのは立地とロマンだった。
敷金や礼金というものはなく、家賃滞納時に充当させる保証金が二ヶ月分かかるが、元の家賃が格安だったこともあり手持ちの資金はさほど目減りはしなかった。
そんなことより住民票や実印、印鑑証明がないことの方が大問題だった。
ひとまず手付金を納め、住所は霞が関にして仮契約を済ませ不動産屋を後にした。