結ぶと解く   作:ながずぼん

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第44話 車屋と泰国

 不動産屋を出たらすぐにクスメギに連絡をした。

 

「おう、どうした?もう寂しくなったのか?」

 

「違うよ、住民票だよ。いま住民票取ると霞が関の住所になってるのか?」

 

「ああそれな。そうだよ、霞が関の住民だ。ちなみに住民税は納付済みだぞ」

 

「わかった、じゃあな」

 

 クスメギと世間話をしている暇はない。通話をすぐに切ってハンコ屋へ。

 ハナダの実印を作るよう依頼をして認め印を買う。クスメギみたいな珍しい名前じゃなくてよかった。印鑑は明日には出来上がると言われた。

 

 その後、電車に乗って2駅ほど移動して、その後は徒歩で車屋に向かった。

 ネットに掲載されていたステーションワゴンはまだ在庫状態で店頭に並んでいた。

 「こんにちはー」と声を掛けて店に入ると制服を来た受付の女性が「いらっしゃいませ」と恭しく応対してくれた。

 単刀直入に「あそこのワゴンが欲しいんですけど」と告げると内線で営業マンをよんでくれる。小ざっぱりとした中年男性が現れて名刺を差し出してくる。

 

 エンジンは掛けられるのか尋ねると車検がないから試乗はできないがエンジン始動はできるというので実車を見させてもらった。

 まずはボンネットを開けオイル漏れや染みを確認する。特に問題はなさそうだ。

 次にベルト類を触ってみる。テンションにおかしなところはない。

 コード類も交換が必要なものは見当たらず、ラジエーターも漏れなどなさそうだ。

 

 ドアを開けて内装を確認する。樹脂類が若干劣化しているがべとべとに溶けているわけでもないし、こんなもんだろう。シートのヘタリ具合も年式相応だしトランクルームの中も綺麗だ。革巻きのステアリングも破れていない。並み程度の状態のようだ。

 

 カードキーをスロットに差し込み、ステアリング脇のスタートボタンを押すと怪しい感じもなくブォフンとエンジンが始動した。計器類のランプも正常。

 もう一度ボンネットを開けて異音がしないか確認するが、妙な音は聞こえなかった。

 その後もう一度車内に戻り、エアコンの吹き出し口に耳を近づけてガス漏れの心配がないか確認するが、特に変なシューシュー音も聞こえなかった。

 

 そこまで確認したら営業マンに購入したい旨を告げ、納車時にタイヤはスタッドレスに交換してもらうようお願いした。「これから夏ですが」と言われたが、スペアホイールここにはないですよね?と問うと取り寄せになるとのことだったので、だったらホイル代もったいないのでスタッドレス履きっぱなしでいいですと説明した。

 

 納車整備と車検、登録に二週間かかると言われた。ちょうど引っ越しが済んで新しい住所で登録してもらえそうだったので、それで構わないと告げ、一部購入代金ということで10万円を納めて車屋を出た。

 

 立て続けにでかい買い物をしたのでテンションが上がっていたが、無職のままでは資金がすぐに底をつくのが目に見えているので、金を稼ぐ算段をつけなければならないと気を引き締めた。さしあたって…バイトか?

 

―――――

 

 ホテルの部屋に戻り、住所不定無職がいますぐ働けるようなバイトはこの街にはないかスマホで求人情報を眺めてみたが、そんなものはなくてぐったりした。

 誰か一人でも以前に仕事をしたことがある人がおれを認識してくれれば、元の仕事をいますぐにでも始められるが、バイトを探すより困難な話だ。

 身元が不確かでも雇ってくれそうなのは日雇いの作業員か夜の仕事か。偏見か?

 

 とりあえず晩飯の時間なので部屋を出て、駅近くのタイ料理の店に行く。

 店に入ってカウンターにいる人物を見て驚いた。彼はそこの店を一人で切り盛りしていた虎の目をしたタイ人なんだが、何年も前にビザが切れて本国に帰ったきりついぞ店には戻って来なかった。

 その彼がいま目の前にいる。

 驚いた顔を向けているといまにも嚙みつきそうな虎の目で不思議そうにしている。

 

「イラシャイマセ、ヒトリ?」と懐かしい声で彼は言う。

「はい、一人です」と告げると「ドウゾ」とカウンターの上に水とおしぼりを置いた。

 

 幅広麺の汁なしビーフンちょい辛めを注文し、しばし待っているとそれが来た。

 彼がいなくなって別の人が作るものも食べたが、彼が作るこれが一番おいしかった。

 いま目の前にあるのはまさにそれで、そうそうこれこれ、という味がする。

「すごく美味しいです」と嬉しさのあまり彼にそう言うと、「アジノモトノ、オカゲ」と彼は虎の目で笑った。

 このやり取りは二度目だ。以前の彼もそう言っていた。

 

 すごく幸せな気分になって店を出て、裏方を募集している張り紙を探して歩いた。

 こんな小さな街では呼び込みもいないので、店の前でうろうろしていても誰にも声を掛けられずに済んで気楽なものだった。

 

 いわゆるご飯屋さんは個人経営、チェーン店どちらもホール・厨房スタッフ募集の張り紙があるが、拘束時間と時給のバランスが悪い。学生向けといったところ。

 飲み屋さんの場合は、そのほとんどがフロアレディとかキャストとか呼び方は違えどオンナのコの募集ばかりで、ボーイの募集があっても正社員ばかりだった。

 飲み屋の厨房スタッフとかバイトのボーイなんてものは募集しないものなのかと思いながら歩いていると、このまえクスメギと入った店の前まで来ていた。

 

 地下にあるその店へ降りる階段のところにドライバー募集の張り紙があった。

 この前来たときは気にもしていなかったな。

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