結ぶと解く   作:ながずぼん

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第48話 転居と免許

 夜の店で働き始めて一週間ちょい経った。シンちゃんパイセンの弟子としての動きもだいたい把握してきた。とはいえ黒子役に徹して客とは口をほとんど聞かない。

 

 きょうはいよいよ新居に引っ越す日。荷物はさほどないので歩きで部屋へ。

 ホテルのフロントで精算を済ませ「長い間お世話になりました」とお礼を言うと「こちらこそありがとうございました。いってらっしゃいませ」と返事が来た。

 この、いってらっしゃいませ、っていうの普段は気にも留めていなかったけれど、新しい門出の今日はすごくいいなと思った。

 

 喫茶店のビルの前には不動産屋のおばさんが来ていて、中へ案内してくれた。

 写真で見た通りガランとした一部屋で最高に秘密基地だった。ロマンがある。

 荷物を置いたら手付で払った分を差し引いた保証金を現金で渡す。

 その後、おばさんが持参してくれた賃貸契約書に押印して鍵を受け取り、正式にこの部屋がおれの住居となった。形は違うが一つ失ったものを取り戻した。

 

 手続きが済んだら市役所へ行って転入届を出して住民票を受け取る。

 このまえハンコ屋で買ってきた実印も印鑑登録して印鑑証明ももらっておく。

 

 次に警察署へ行き免許証の再交付を受ける。写真は駅前の機械のやつで撮った。

 どうして証明写真は人殺しのようなすごい悪人面になってしまうのだろうか。

 顎を引きすぎているのかもと何度か撮り直したが毎回極悪人になるので諦めた。

 免許証は後日郵送になるかと思ったら少し待てと言われ、その場で再交付された。

 また一つ失われたものを取り戻すことができた。

 

 新しい住まいは手に入れたものの、寝具や細々したものが何もないので揃えなければならない。とはいえ車もないので大きい荷物は買えないし…レンタカー借りるか。

 車を借りるにしても駐車場が必要なので不動産屋に連絡して、来週から借りる契約の駐車場を前倒しで使い始められないか話をしてみると、きょうからでもいいとの返事だったので、ひとまず契約書と訂正印を持って不動産屋へ行き、使用開始日をきょうの日付に変更した。

 

 台数が多いレンタカー屋は郊外にあり最寄り駅も遠いので、近くの小さいレンタカー屋へ行って国産の小型車を一週間レンタルした。本当は五日間で足りるのだけど、一週間パックの方が安いからそうした。

 予定日前に返却しても日割りでの返金はできないと何度も言われ、世の中にはそういう無茶なクレーム付ける奴がいるんだなあと思った。

 

 車が手に入ったので郊外のホームセンターへ行き生活必需品を一式買い込んだ。

 布団と調理器具と棚とカーテンと、あとはケトルとか歯ブラシとか細々したもの。

 その後、そこの近くの家電量販店に行き冷蔵庫と洗濯機、掃除機、レンジを注文した。掃除機とレンジは持って帰った。

 とりあえずこれだけ揃えば生活はできるだろう。後方視界を遮るようにトランクスペースに堆く積まれた家財道具一式と共に新居に戻る。

 

 ハザードを点けて通りの脇に車を停め、三階まで何往復もして荷物を運ぶ。

 ひとまず荷物を全部部屋に放り込んだら車を駐車場へ移動させた。

 すぐ近くだと契約したところの倍の賃料だったので、五分ほど歩いたところの駐車場を借りている。

 車を停めて歩いて部屋に戻り、買ってきた荷物の中からタオルを二つ取り出す。

 

 まずは一階の靴屋へ挨拶に行く。

 「今日からお世話になりますハナダと申します。よろしくお願いします」そう言ってタオルを渡す。靴屋の店員さんは「あ、はい」と言ってタオルを受け取った。

 

 次に二階の喫茶店に。ドアベルがカランカランと鳴り、あの匂いが鼻をくすぐる。

 店主が「いらっしゃい」とちょうどいい笑顔で迎えてくれる。

 「今日から上に住むことになりました」と言ってタオルを差し出すと「これはご丁寧に」と受け取ってくれた。そのままテーブル席に座り、フレンチコーヒーを注文する。

 灰皿を借りて煙草に火を点ける。この後の荷解きがめんどうくさいなあと思いながら苦めの珈琲をちびりちびりと飲んだ。

 煙草を2本吸い終えたら店を出て、部屋に戻って暮らせる状態に整えた。

 

 引っ越し作業はなんだかんだ夕方近くまでかかり、すっかり昼飯を食いそびれていたので駅前のラーメン屋に入り、台湾ラーメンと炒飯のセットを食べた。

 すっかり腹も満たされたので、部屋に戻ってバイトに行く支度をする。

 

 車の鍵と家の鍵を持って部屋を出るときに、車は借り物にしても持たざる者となったおれが所有物を二つも手に入れたんだなあと感慨深く鍵たちを握りしめた。

 自分で稼いだ金ではなかったけれど、おれに付けられた値札だからおれの金だ。

 

 きょうは通用口から店に入り「おはようございます」と挨拶をすると、おしぼりを仕込んでいた店長が手を止めて挨拶を返してくれた。

 パイセンは掃除機の音が煩くて聞こえなかったのか、そもそもおれが来た事に気付いていない感じだった。

 店長の指示でテーブルを拭いて、ソファをコロコロする。

 酒屋さんが配達してきた酒や炭酸を所定の場所に置いた頃、アヤママが出勤してきた。

 「はい、これ」といつものように洗濯済みの制服を渡される。

 

「ありがとうございます。日曜に洗濯機が届くのでそしたら自分で洗います」

 

「あら、じゃあ、お引越しはできたのね」

 

「ええ。きょう引っ越しました。もう住所不定無職じゃないです。あはは」

 

 アヤママとちょっとだけ喋って制服に着替え、開店準備を再開する。

 トイレ掃除がまだだったので便器をぴかぴかに磨いているとパイセンに呼ばれる。

 急いで業務スーパーへ行ってチャームのお菓子を買ってくるよう頼まれた。

 パイセンが車の鍵を渡してきたが、車を借りているから大丈夫と言って駐車場まで歩き、業務スーパーでチョコレートやポッキーの大袋なんかを買い込んで店に戻る。

 

 店に着くとオンナのコたちが次々と出勤してきた。

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