開店前の短いミーティングの後、入口の鍵を開けて看板照明のスイッチを入れる。
幕開けすぐは客が来ないのはいつものこと。20時来店は同伴のお客さんだけだ。
ぼんやりと待機していると薄ピンク色のドレスを着たメイさんがこちらに来る。
「ハナちゃんの送迎って来週からじゃなかった?きょうから送迎?」
「え?納車は来週だよ。なんで?」
「だってさっき運転してたじゃん、黒い車。あれじゃないの?」
「あれは引っ越し用に借りたレンタカーだよ」
「なんだ、そうだったんだ。早く車くるといいね」
彼女は残念そうにそう言った。なぜそんなに送迎をおれにさせたがるのだろう。
まあ、だいたい想像はつくのだけれど。
―――――
金曜日は一番忙しい。8人ぐらいの団体客も来るし、指名が被ることがよくある。
席が空く時間を電話で確認してどこかで時間を潰してから来る客もいるから、20時半から閉店までだいたい八割九割が埋まっている。
客数に対してオンナのコの数が足りないのでマンツーにならないことが多い。だいたい2人に1人、ピーク時には3,4人の客に対してオンナのコを1人しか付けられないこともある。ボックス席で所在なさげに佇む客を見て気の毒に思う。
店長が付け回してなるべく2人に1人になる時間が長くなるようがんばっている。さながらハイスピードでパズルゲームをやっているかのようだ。
そんなとき、間に合わせでボーイが席に呼ばれることがある。
だいたいママの席か常連さんの席に呼ばれて5分ぐらい適当に場を繋ぐ。
店長はやることが多いので閉店近くに呼ばれることが多く、混雑時はシンちゃんパイセンが狩り出され、年配のお客さんには孫モード、おっさん世代にはチョリッスモードで接して一緒に飲んだりしている。
例の如く20時半から右肩上がりで客が入り、3時間が一瞬に感じられるぐらいの忙しさだった。23時半現在は半分ぐらいの入りで緩い時間になっている。
いまのうちに溜まっているグラスを片付けてしまおうと洗い物をしていると店長が声を掛けてきた。アヤママのテーブルにおれが呼ばれたらしい。
めんどくせえなと思いつつ、片付けの手を止めてママのいる席に向かう。
「あの、お呼ばれしたみたいなんですけど」
見様見真似でママの傍らで片膝をついて声を掛ける。
「ああ、ハナちゃん。こちら建設会社の若社長さんなの。店舗の内装工事をしてくれる人を探しているって言うから。ハナちゃん前にそんな仕事してたって言ってたわよね?」
そう言われて客の顔を見たら、前の世界での知り合いだった。
笑顔でも目だけ笑っていない腹の奥底が見えないやつ。あまり好きじゃなかった。
大方、安く請け負ったものだから叩ける内装業者でも探しているのだろう。
「あ、初めまして。ハナダです。少し前まで店舗デザインの会社やっていました」
「そうなんだ。いや今さ、市内で美容院の改装を請けたんだけど忙しくて手が回らないんだよ。いきなりだけど、請ける気ある?」
「あー、ごめんなさい。絵を描く方の仕事をしていて、手は別で頼んでいたんです」
「なんだ、施工やんないのかー。図面は設計事務所が描いちゃってるんだよねえ」
ほらな。やってやれないことないけど儲けが薄いから丸投げしたいだけだ。
「すみません、お力になれず」
「いやいや、それでいまは個人事務所なの?もうやらないの?」
「はい、まだ名刺もない状態ですが、話があれば個人事務所として請けるつもりです」
「そうなんだ。じゃあさ、またなんかいい話があったらお願いするよ」
彼は営業スマイルでそう言うが連絡先も聞かずにどうするつもりなのだろう。
いや、むしろ万が一おれの案件が発生したときに施工側で仕事を得るためにニコニコしているのかもしれない。おれも連絡先知らないのに。
「いえ、こちらこそ。ママもありがとうございます。お邪魔しました」
礼を尽くしてその場を後にした。
厨房に戻るとシンちゃんパイセンが切ったフルーツの残りをぱくつきながら「なんかいいことありました?」と尋ねてきた。
「んー、どうだろう微妙な感じ?」と答えると「だいたいそうっすよね」と鼻で笑って次々とフルーツを頬張っていた。
きょうの相手は彼だったから心躍らなかったけれど、もしかしたら今後はお世話になった人たちが店に来て、仕事を再稼働させることができるかもしれない。
リストを作ってママに渡して、隙があったら呼んでもらうようお願いしようか。
いや、でもそうすると全部説明しなきゃでめんどうくさいか…
旧知でも仲のいいおじさんたちは違う店に行ってたんだよなあ。