結ぶと解く   作:ながずぼん

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第55話 来店と噂話

 23時少し前に部屋を出て店に向かう。表の扉を開けて店に入り店長に「おはようございます」と声を掛けると「ご予約の」と客として扱ってくれた。

 席に通されソファに腰を下ろすと、シンちゃんパイセンが「ご指名はメイさんでよろしかったですか」と半ば強制的にメイさんを付けられる。クスメギにあのとき水色のコでいいか尋ねると誰でもいいと言うので、あの時と同じユイさんをお願いした。

 

 ほどなくしてメイさんとユイさんがやってきた。ユイさんはおれを見て「あれ?」という顔をした後、クスメギを見て「あっ、前にハナさんと一緒だった方ですよね、珍しい名前の」と憶えていたようだった。まあ一ケ月も経ってないから当たり前か。

 

 おれの隣に座ったメイさんといえば、コミュ力を封印されてしまったようで黙ったまま正面を向いて座っている。『いたたまれない』という言葉はこの状況のためにある。

 

 「あの… おれ、なんか気を悪くするようなことしましたか?」小声で尋ねる。

 

 「別に、なにもしていないんじゃないですか?飲み物いいですか?」と普通のボリュームで返される。

 

 「あ、はい。どうぞ」て言うしかないじゃん。

 

 なんだこれすごく空気が悪い。クスメギもユイさんもきょとんとしている。

 座っていられなくて「ちょっとトイレ」と言って席を立ち、トイレに行くフリをしてバックルームの店長に事情を訊くと、いつも通りだと言われますます混乱する。

 不機嫌の理由に心当たりがなさすぎる。八つ当たりされてるだけか?

 

 おしぼりを取りに来たのかメイさんがバックルームに入って来た。

 ちょっとこっちに来て!と隅の方へ引っ張られ狭いスペースで立ち話をする格好になった。が、彼女はなかなか切り出さない。

 

 「もう、わかんないよ…」彼女は絞り出すように言って、おれの肩のあたりに顔をつけて泣き始めてしまった。いやまてまて。わかんないのはおれの方なんだが…

 つうか、こういうシーンて胸のところに顔があるはずなのに、おれの背は低いしメイさんはヒール履いているしで背丈がほぼ同じなので、肩の上に額をつけて顔が下を向いた状態。ぜんぜん絵にならないのがまず悔しい。

 ひとまず店長に目配せをして席を外してもらい、落ち着くまで待つことにした。

 

 しばらくして肩から顔が離れたので椅子に座るよう促す。ひっくひっくとしゃくり上げてしていたので水を取ってきて渡すと素直に受け取り一口飲んでくれた。

 「深呼吸しようか」と言うと、すーはーとこれまた素直に深呼吸をしてくれる。

 いまがチャンス!と思い「なにがあったのか教えて欲しい」と言うと「わかんない」と言って弱弱しく泣き始めてしまった。くそっ、早まった…

 

「えーと、じゃあ、水を飲むところからやり直してみようか」

 

「わたしのことバカにしてるでしょ!」

 

「ううん。めんどくせえなって思ってる。抱えきれなくて悩んでるなら誰かに預けなきゃ圧し潰されちゃうでしょ?いまは強がるところじゃないよ」

 

「えっ…」

 

「だから言えって。おじさんそんなに頼りないか?もう無職じゃないぞ?」

 

「もう、やだ… 本当に好きになっちゃうじゃん…」

 

「え?」

 

 三代目ヒロイン候補になりかけた彼女から、ようやく聞けた話は実にくだらないというかなんというか、正直うんこみたいな話だった。

 例のメイさんを口説いていたドライバーが、一時期落ち込んでいるように見えた彼女が最近は楽しそうにしているという話を送迎中に耳にして、面白くなかったのか彼女がついた嘘をペラペラと車内で披露したらしい。性病云々のあの話。

 しかも噂には最初から尾ヒレが付いていて、彼女はヤリマンだからいろんな客と寝ていて性病を移されたのは元カレかどうかも怪しいという話になっているそうだ。

 自分も誘われたが怪しかったので断ったという嘘のモテ自慢まで追加されている。

 

 つい最近になって投下された噂は、最近店に入ったドライバーは彼女が連れてきた元スカウトのヤリ仲間で、メイさんは彼を使って気に入らないオンナのコを都会の風俗に沈めるつもりなのだと。

 たまたま、おれが店で働き始めてすぐに店を辞めたオンナのコがいたのだが、彼曰く、そのコが被害者第一号なんだそうで、それでメイさんは結構な金額を稼いだので機嫌がいいんだ、という筋書きなんだそうだ。

 あっちの送迎車に乗るユイさんからその話を聞いたメイさんは、どうしていいかわからず、ひとまずおれと仲良くするのを止めれば沈静化すると思ったらしい。

 

 「つうか、そんな話…」いやまて、そんな噂が大事か大事じゃないか決めるのはおれじゃない。彼女にとっては大事なことなのだろうから悩んだのだろう。

 

「わかった。巻き込まれているわけだしおれが黙らせる。メイさんは普通にしてて」

 

「黙らせるって。ハナちゃん喧嘩弱そうじゃん…」

 

「大人の喧嘩っていうのは素手で殴り合ったりしないんだよ。始まったときには決着が着いているものなんだ」

 

 メイさんはよくわからないという顔をしているが、だいぶ落ち着いたようだ。

 化粧を直したら席に戻ってと告げてバックルームを出て席に戻る。

 すると飲まないと言っていたクスメギがだいぶ出来上がってしまっていた。

 

「おせえよ!どこいってたんだよ、まあ楽しかったからいいけど」

 

 うわあ… こいつアヤママの話ちゃんと聞けるんだろうか…

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