朝8時、眠い目をこすりつつホテルのロビーに行く。
クスメギはソファに座っているが目を開けていない。「おい」と声を掛けるとハッと目を覚まし次の瞬間ぎゅっと目を瞑り呻き声を上げている。頭が痛いのだろう。
「おれが運転するから鍵寄越せ」と言うと、素直に「わりぃ…」と国産セダンの鍵を渡してきた。よほどアヤママのことが気に入ってカラオケ屋で深酒したようだ。
駐車場で車に乗りホテルのエントランスに横付けする。
ロビーに行って「行くぞ」と声を掛けてクスメギの荷物を持って車に乗り込む。
ホテルから北に向かいクネクネ蛇行する県道を進んで松川インターで中央道へ。
このゾンビ、2時間眠れば人間に戻るかと思い、休憩なしで談合坂まで走った。
一応、尾行だとか怪しい車がいないか気にしながら走ってきたが、それっぽい車両は見当たらなかった。クスメギが言うようにおれが地元にいることは狙ってくる組織にバレてないのかも。
談合坂サービスエリアに着き、クスメギの様子を見るとまだ寝ている。
ひとまずエンジンを止め、トイレを済ませて冷たい水を2本買って車に戻ると、クスメギが起き上がっていた。よかったな人間に戻れて。
「悪いな運転させて。途中なにもなかったか?」
「ああ、隣でゾンビが呻いていたぐらいで特になにもなかったぞ。ほら水」
「悪いな、助かった。あのママ、酒飲ませるの上手すぎるんだよ」
自分が痛飲したことをママのせいにするクスメギ、かっこ悪い。
デレデレした顔でデュエットしてたし。楽しくなっちゃっただけだろ。
「で、どうするよ。本郷の大学病院までおれが運転しようか?」
「いや、ここからはおれが運転する。都内は万が一の可能性も上がるだろうし」
ボトルの半分ほど一気に水を飲んだクスメギは「よし!生き返った!」と気合を入れ直した。直後に「やっぱりトイレ」と言って小走りでトイレに向かった。
全然戻って来ないので車を降りて喫煙所で煙草を吸って待っていると、2本目を吸い終わる頃にヨレヨレとトイレから出てきた。
「どうしたんだ」と尋ねると「ひさしぶりに吐いた…」と言ってベンチに座り込んだ。
「ぜんぜん大丈夫じゃねえじゃん。昨夜カラオケ屋でそんなに飲んでたっけ?」
「いや、代行呼んだらしばらくかかるって言うから、カラオケ屋に入り直して…」
「嬉しくなっちゃって飲んじゃったんだ寂しい中年は。寝たの何時だよ?」
「部屋に帰ったの5時過ぎだったと思う。うっすら明るくなってきてたし…」
助手席を倒して寂しい中年を寝かせて、大学病院に向けて出発した。
八王子を過ぎて少しは混雑するかと思ったが、高井戸のあたりまではスムーズだった。
4号線に入ったあたりから車は増えたが渋滞というほどの混雑もなく都心へ。
怪しい車両に注意を払いつつナビ通りに進んで大学病院の立体駐車場へ到着した。
検査が始まる直前に起こすことにして寝ているクスメギを車に放置して昼飯を食べにいく。外来診療棟の地下に食堂があり、そこでカツ丼セットを食べた。
車に戻るとちょうどいい時間だったのでクスメギを叩き起こして検査に向かう。
いつもの先生の指示に従い、頭部のMRIと脳波の検査を受ける。
どちらも異常なし。最近心配なのは頭じゃなくて腹の浮き輪肉だ。
先生に挨拶をして待合で待っているクスメギの元へ行くと、いくらか生き返ってきていた。
このあとどうするのか尋ねると神田のホテルに移動して明日の朝まで自由だと言う。
「おまえはおれを送って行った後、何時までに東京に戻る予定なんだ?」
「明日は一日出張扱いだから、明後日の午後から出勤すればいい」
「じゃあさ、きょうもう移動しちゃって明日の昼間に改めてママに会えば?シラフで話聞かないとハナザワさんに怒られるんだろ?」
「ああ、そうだな。カラオケ屋で聞いた話よく思い出せなくなっているし、そうさせてもらえればありがたい」
待ってろと言ってアヤママの携帯に連絡する。明日の日中に時間あるか尋ねると、午後イチから16時ぐらいまでなら大丈夫とのことだったので、もう一度クスメギに話をしてやってくれとお願いした。なんだかママはクスメギに会えるのが嬉しそうだった。
おや?この二人どうにかなっちゃう感じなのか?
「明日の午後イチからアポ取れたぞ。よかったな、先輩」
「すまん。この借りは必ずどこかで返させてもらう」
「おれが中華街で借りたものをいま返しただけだ、気にすんな。さて帰るぞ」
駐車場へ行き、今度はクスメギの運転でまた地元に戻る。
途中のパーキングエリアで味噌ラーメンを食べた。クスメギはうどんを食べて「よし!生き返った!」と言っていた。きょう二度目だけどな。
その後クスメギは本当に生き返ったようで、いつもの感じに戻っていた。
「そういや、店のコが言ってたけど、なんかあのコと噂になってるんだって?」
「それな。もう一人のドライバーが流してる噂で困ってるんだよ。それ信じたわけ?」
「いや。そもそもオンナのコとどうにかなるほどモテないだろあんた」
噂を信じてないのはよかったが、その理由が気に入らない。